はだかの王様にならないように…

私がいいな、と思う人って
年上であっても、肩書きがいくらすごくても
そういうオーラを、出していないところです。
すごく、親しくお話ししてくれます。

この雰囲気
簡単にマネできるものではないだろう、とは思いますが
私は、そんな風になりたいと思って
じっと、密かに観察しています。
(マネでできるものではないです)

この三連休で、たくさんの人に会う機会がありました。

だいたい、すごいなと思う人は
物腰が柔らかく、謙虚でいて
お話しする時には、敷居が高くなくしてくれますが
違うことには、穏やかに「違う」という意見を
きっちり、と伝えられています。
まさに、アサーティブです。

「自分の偉さをわかってほしい…」オーラが出ている人には
やっぱり、あまり人は近づいてないです。
これは、わかりやすい。

仮に、話している内容が同じであったとしても
不思議なくらい、自分中心の人の話って
入ってこないです。

結局、誰のためにやっているのか、と言うのが
相手に、伝わっているんです…

自分の偉さを伝えたい人は
聞いている人を利用して、自分がいい気分になりたいんですね。
利用しているとは思っていませんでしたが
そう言うことなんだ、とわかりました。

人的資産は、すぐには積み上がらないので
少しずつ積み上げていかないと、と思っています。

そして
50代になると、実際に年下の人が増えてくるので
そんな中で、はだかの王様にならないように…とも
思っています。

あまり、反対意見を言ってくれる人がいなくなってくると
だんだんと、そう言う感覚が麻痺しそうで怖いと思っています。

今まで、はだかの王様を何人か見てきたのと
私自身も「言っても仕方がない」と思う人には言ってこなかったので
そうならないように、要注意です。

非日常から習慣がみえた

三連休、ちょっと遠出をしていました。明日は、新幹線が運休すると言うことで、予定を切り上げて帰ることにしました。

普段は、お酒は飲まなないのですけれど
知人と、夕食を一緒に食べた時に飲みました。
正確には、飲もうと思っていました。

日ごろは自宅では誰も飲まないので、私も飲まないし
コロナがあって、食事会も少なくなって飲んでおらず
しかも、だいたいが車で参加するので
実際には飲めないことが、多かったのですが
やっと、心おきなく飲めるという貴重な機会のハズでした。

思い起こしてみて
コロナ前から飲んでないかな…と
自分でも驚き、話しながら飲んだのですが・・・

もう、3年も経つと、体質が変わるというか
50代だからそうなのか、よく分からないですが
美味しいと感じず、全然、お酒がすすまなかったんです。
居酒屋では、ハイボール好きだったんです。

これは、自分でちょっとショックでした。
結局、ハイボール1杯を飲みきれず、烏龍茶に変えました。

コントロールしながら、ちょっと飲む
みたいなところがいいな、と思っていたのですが。

だんだんと、考え方から変化してきて
心理的なところから、変わったのかも知れないですし
実際のところ、よく分からないですが

まぁ
今後、飲もうと思わないだろうな、と感じました。
これは、コントロールの必要もなくなりました。

この3日間、新しく知り合った人たちや
コロナ以前の、懐かしい知人に会って
とても楽しく、リフレッシュできました。

それと、去年は勤務先が遠く
日常的に、ホテルに泊まっていましたが
久々のホテルで、生活音がなく
ぐっすりと眠れました。

自宅では、息子たちの帰りが遅かったり
夜中に、リビングをゴソゴソしていたりする音に
いちいち反応して、目が覚めてしまっていることを
思い出しました。

それを理由に
以前は、耳栓をしていたことも思い出しました。

一旦、習慣にしていたことも
ふとした時に、習慣が途切れてしまっていたことも
思い出させてもらいました。

非日常の中で
改めて、習慣になってしまっていることに気づいた感じです。

背が縮むことにドキッとする

先日、この春に定年退職をされた先輩に
会いました。
ただ、同じ職場だったのは5,6年前になるので
お会いするのは、久しぶりでした。

以前は、髪の毛を染めておられましたが
今は、セミロングのグレイヘアーで
とっても、素敵でした。
そして、一回り小さく感じました。
たぶん、小さくなられたのだと思いました。

人って、本当に縮んでいくんだ…と
年齢が近いだけに、すごく衝撃を受けてしまいました。

そういうことは知っていましたが
もっともっと、先のことだと思っていました。
70代や80代の、おばあさんの世界だと
思っていました。

最近、大学生の息子たちの横に並ぶと
圧倒されて、自分が小さくなった気がします。
それは、息子たちが大きくなったことと
若干、私が縮みつつあるのかな、とも感じて
いましたが、本当に縮んでいるんだ・・・
「こうしてはいられない」と思いました。

小さくなるのことからは、物理的な意味だけでなく
「歳をとった…」という感じを、すごく受けました。

意外に感じたことは
私は、歳をとることに抗っているということです。
これは本能かな…

「健康」と大雑把に捉えていましたが
具体的に、背が縮まないように
生活習慣に、気を付けたいと思いました。
調べてみます。

快楽の幸せでなく、欲求充足の幸せを得る

「頭を鍛える」と聞くと
すごく、ストイックに辛いことをしないといけないような
イメージがありましたが
そうじゃなくて、その先に幸せがあると考えると
とても進めやすいです。

「快楽の幸せでなくて、充足の幸せを得る」
これがすべてだ、と感じました。

自分の欲求充足が、できているかどうかと言うことは
それに向けての、段取りやステップ
自分のコントロールをしていくことでもあるし
自分自身の、今の状況を把握できているのか
と言うことにもつながっているんだと思いました。

先日、職場の違う友人との飲み会。
私は車で参加したので、呑みませんでした。

飲み会では
普段のストレスを呑んで発散しているだけで
アドバイスを求められているわけでもないので
それはそれとして、日常の仕事の大変さを
聴かせてもらいました。

愚痴はいいんだけど、その後どうしたいのか
嫌なことがなくなったら、幸せなのか…
欲求充足は?と
個人的には、そんな疑問が浮かびました。

いろいろ書いていますが、久しぶりに会えた友人との飲み会は

もちろん、とても楽しかったです。

今までは、平日の飲み会へ職場から車で行くのは
街中に車で行くのが、面倒だったので
本当は、公共交通機関で行きたいのに
仕方なしに、車で行っている感覚と
呑めないことへの、残念な気持ちがありました。

でも、呑まないのなら、車での参加は
お酒をすすめられた時に、すごく納得してもらいやすくて
逆に、有効だな、と思いました。

補聴器に興味。

以前にも投稿しましたが

50代になって、生活にはまったく支障はないですが
小さな声で話す、特に男性の声は聴こえにくいと感じます。

声の小さな人って、そもそもおしゃべりでもないので
何度も聞き返すのも、気が引けてしまって

特に、重要でなければ
わかった風に、相槌を打ってしまうこともありますが
なんか、そこで信頼関係が崩れる第一歩だなと思っていました。

とても素敵な若々しい60代後半の女性が
自分のためにお金を使う、ということで
性能の良い補聴器を使っていることを知って
いいな、と思っていました。

そう見えない人が、使っているというところと
本当に生活に困ってからではなくて、生活を豊かにする感じにも
憧れていました。

もし、補聴器をつけていても
私自身は、まったく格好悪いとは思わないので
いつから使うのかは検討ですが(生活自体には支障がないので)
すごく、興味がわいています。

そして、スマホと連動するのなら
移動時間や空き時間に、オーディブル等を聴いている私にとっては
そろそろ考える時期なのか、とも思いました。

ネットでちょっと見てみるだけでも
すごくたくさんあるんですね。それもつけていることがわからない…

ちょっとリサーチして
実際、どのくらい違うのか、試してみます。
試してみると、また違う情報がありそうなので
楽しみです。

経験を直感につなげる

公私ともに、なんか
いろいろ忙しくなってきました。

忙しくなってくると、ついつい
自分のことを、後回しにしてしまう癖があります。
自分が、我慢してしまうんですね。

そこに気づけるもの、歳のおかげですが
今回は、自分を優先しながら
これまでの経験を直感につなげて
この忙しさをクリアしていきたいと思っています。

お稽古ごとを思い返してみると…

子どもの頃の話ですが
お家で、お稽古ごとを教えておられる方は
かくしゃくとしているイメージです。

ピアノやフルート、声楽、お習字、そろばん、お茶、お華。
皆さん女性でした。
そういう時代だったからか
女性の働き方って、そういうところにあったんですね。
結構、先進的な働き方だったのかも…
改めて、思いました。

当時、先生は、おばあさんのように見えましたが
5、60代だったかも知れないです。
その後も、ずっと続けておられていました。

これは、まさに脳活生活。死ぬまで現役。
脳活から考えると
昔の生活が、すごくいいものに見えました。

様々な知恵や、知識を身につけて
魔法使いのようなおばあさんに、なりたいと思いました。
お見本になるモデルが、ひとつ増えました。

私が、嫌な気持ちになった人のこと

最近は、あまり嫌だと思う人と
関わることはないですが
久しぶりに、嫌だなと感じる人と関わりました。

それは、時間が経つにつれて
じわっと来る感じで、だんだんとモヤモヤしていきました。
結局、私が違和感をもった、ということでした。

ちょうど昨日、マイクロカウンセリング技法の「対決(直面化)」
について投稿しました。
投稿したから、私が気になったのか
偶然、そんな人と関わったのかわからないですが
私がカウンセラーなら、この技法を使って
その奥底を、もっと掘り下げたいところです。

私が感じた、その違和感と言うのは
仕事を、精力的にやっているように見えるけれど
やり方を見ている(聞いている)と、形だけだと見える。

彼の対応は、すごく慇懃無礼なので
上司に対して何を思っているのか…。(ちょっと敵意?)

昇給したくないと言いながら
昇給に向けて、嫌々勉強をしている。

やっていることと、言っていることとの違和感や矛盾を
強く感じすぎてしまいまいした。
これは無意識に「違和感を感じてくれ」ということかも知れないです。

彼の行動と、無意識とが一致していなくて
混乱したメッセージになっているんだ、と考えました。

一見すると、できる人ですし
実際に、仕事もそれなりにはこなします。
(でも、そこに心があるかどうかは分からないけれど…)

彼に、資料などについて尋ねると
根拠は、示してくれますが
そういうことではなく、意見を聞きたいんですが
それが、伝わらない…か
伝わっているけれど、自分の意見としては
発信を、避けているようにも見えます。

自分を下に下に置く体裁で、上司と話を進めるけれど
だから、慇懃無礼な態度となっていると考えました。
(心の奥では、自分が正しいという軸をもってそう)

私の陳腐な、心理学的な目線でみても
しんどい生き方だな、と感じてしまいました。
勝手に、嫌な気持ちがした人のことを分析して
自分の気持ちに折り合いをつけました。

でも、私にも
思考の偏りや、人の好き嫌いの偏りがあるので
もっと、フラットに事実だけを受け止められたら
嫌な気持ちになることも、少なくなると思っています。
事実だけを受け止めて
わざわざ、嫌な人だと感じなくて済むと思います。
それと、私がその人の何を嫌なのか…

こういう時には、身体を動かすのが一番です。
今日は、新しいスクールの体験でした。
非日常が入るとドキドキして、ちょっとスッキリします。