投稿しない日の線引きを数値化しないと…

どうでもいい話ですが…
私は、頑張りすぎる方で「ねばならない」が強いので
頑張りすぎないようにとか、8割主義なんかから考えて
仕事が遅かったり、自分がしんどいと感じる時には
投稿しなくてもいい
というルールを自分で作って書かない日もあるのですが

この線引きが数値化されていないので
ここ2日、お休みしていましたが
このままでは、自分に負けてしまって(?)
ずるずると書かなくなりそうだ、と危機感を感じました。
そして忙しいや、しんどい…は、私の日常だとわかりました。
やっぱり時間リッチじゃない
それはそれで、課題ですね。笑

線引きを、もうちょっと数値化しないと
感覚だけになってしまって
また、私が迷ってモヤモヤしてしまいます…

俯瞰してみて、何のためにやっているのかを知る

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いつ頃からか、全体像がわかってから

物ごとを考えると、とてもわかりやすいと言うことが
わかっていたようです。

大学生の頃、初めてアルバイトをした時は
一つ一つ、教わった順番でやっていました。
目の前の仕事を、一つ一つ必死にこなしていました。

たとえば、ウェイトレスの時には
注文を通してから、お皿を用意すること。

初めは、細かいところまで一つ一つ守っていたけれど
全体を考えて臨機応変に、動く方が動きがいいと実感できてくると
周りを見て、動くようになりました。

習ったことは、1つの方法だと
全体のイメージを持てたように思っています。
(マニュアルの厳しいところはあまりなかった時代なので)

「何のために」やっているのかを
教えてもらったほうが、仕事がスムーズにいった気がします。

だから、はじめに全体を知りたいと思うようになってきて
今は全体がわからないまま進んでいくことに
逆に、すごく不安を感じるようになっていました。

今、仕事をやっている時にも
全体像がわかると、落ち着きます。

アルバイトをしていた時と違って、臨機応変に対応できることばかりではないですが
組織として「何のために」やっているのか
また組織のその上から、どういう指示が来ているのか
がわかると、自分の理解も進みますし
自分が人に伝える時にも、わかりやすい説明ができると実感しています。

今週いろいろ考えて、私の完璧主義なところはどこか?自分が何に関して許容できないのかを考えていました。
一週間考えて、私自身は、だいたいはおおざっぱだし8割主義だなと思いました。他人が故意に手を抜いていることも許容できますが、他人が故意に手を抜いたり軽く考えたりしていたりすることで、私の見通しが崩れたり、予定に変更が必要になることが許容できないとわかりました。(許容できないと言っても、自分の中で心が乱れる、そして尾を引く、と言うことくらいです)
ここをスルーできる力があれば、いちいちしんどくならずに済むんだけど、という考えに、とりあえず行きつきました。この1週間自分なりに考えて、私に足りないものはスルー力ではないだろうか、と今は思っています。(なぜ、そこに私がこだわりを持ってしまうのか、も知りたいところですが)

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未完成なモノは魅力的

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自分の推しているアーティストが売れていく様子は

嬉しくもあり、寂しくもあり…ですね。
一緒に、その成長を見ていくと身近に感じられてと考えると
未完成なものならではの、価値があると思います。

そう考えると
職場でも、未完成な若者たちの中に価値を見ることがありますね。

ベテランになると、一定の知識や技術はありますが
やっぱり凝り固まっていたり
意見を受け入れなかったり、と
その人たちにこれからの、伸びしろを感じることは少ないです。

でも、若い人たちを見ていると
今はできなくて、
それが、失敗だったり、パッとしなかったりだとしても
3年後、5年後、10年後が楽しみに感じます。

それは、やっぱり
少し長く生きてきたから、見えるものですね。

若い頃、失敗したり、恥ずかしい思いをしたり、いろいろ悩んでいることが
10年後には、必ず力になる
それは仕事と言うよりも、生き方として…

昨日、ちょうどそんな話を、職場の若い人としていました。

未完成なモノには伸びしろがあって
だから、魅力的なんですね。

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そう言えば「おおざっぱキッチリ」だった私

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自分の何が、完璧主義をつくっている部分なのか 

引っかかる部分が、どこなのかが
だんだんとわからなくなってきての、5日目です。
毎日の投稿に、矛盾があるかも知れないですが
いろいろな角度から見た、私なりのホントのことです。

そう言えば、私は学生時代から
「大ざっぱキッチリ」と言われていたので
基本的には、8割主義に近いところにいると思います。

その「大ざっぱ」なところと「キッチリ」のところが
極端に離れているというのが
私の特徴だと言うことを、思い出しました。

キッチリのところに、自分でも
しんどさを感じているのだけれど、やめられない…

そんな感じです。

キッチリのところが、8割になると
それこそ完璧な8割主義になると思います。笑

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間違いや失敗に対する許容度はあるけれど、私はなにの8割にこだわっている?

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8割主義を考えて
分解して考えていると、私は何にこだわっているのかが
少し見えてきたように思います。

失敗を含めた8割は、まったく問題なく許容できるんです。
どちらかとい言うと
失敗をどうクリアしていくのか、を考えるのも楽しい
(その時は必死ですが)

私は、失敗に対しては8割を許容できるのですが
完璧にしたいところは何なのか…と考えると
自分の立てた見通しや、予定に関して違ってくることなど
8割の許容がきないような気がしてきました。

だから、自分でコントロールできる
自分が立てた予定に関しては絶対に守る…みたいな

変化に弱い?って訳ではないんだけど
見通しが変わることは許容できない。

自分のことながら
私の頭ではまだ、意味がよくわからないです…

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完璧な8割主義になる…じゃなくて

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8割でいくと言うのは、私の課題の部分だな、と
ジワジワと感じています。

いつも投稿に書いていることには
ウソはないのですが
職場での私と、プライベートでの私があって
プライベートでの私の中でも
より、関係が近くなってしまう身内や
最終的には自分自身に対しても
厳しい一面が残っていると感じています。

とにかく、プライベートでは簡単に言うと
どこか私にとってイヤなことがあると、すべて✕です。
人と仲良くなると、とても深入りしてしまう
相手にも心の中で、求めてしまうところがあります…
でも、それが合わなければ、相手を変えようとは考えないので
自分から離れてしまいます。

投稿内容での、8割でできているという内容部分は
職場でのことで、何の気負いもなく「生暖かく」見守れます。
きっとこれが、私がなりたいと思っている自分だと思います。

身内が許せなかったり
自分に厳しい、本当に優しくない…
まだまだ、自分や近い人に10割を求めてしまっているようです。
これには、私が自分でも、不思議に思っています。

うっかり村の人たちに対しては
まったくイライラもしないですし、受け入れられます。
それは、特性だと割り切ったところがあるからだと思います。
もしかしたら、身内じゃないからかな…

いろいろ考えていると
「テキトーに」は、自分の気持ちの部分だけで
やっている内容は実は、以前と変わっていないかも知れない…
とも感じました。
意味分かりにくいかもしれませんが
私にとっては、すごい気づきです。

とにかく、ダラダラといろいろ書きましたが
こういう性格がイヤだな、と自分で感じながらも
プライベートでも、ちょっとずつ
8割主義に、近づけるようにしたいです。

「完璧な8割主義になる」みたいなのはダメですね。笑
私、そうなりがちなので…

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見切り発車はできないけれど、台風の進路図のように…

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私の思考を、ちょっと考えてみると
10代、20代の頃は、目標があるから動く
目標が定まっていないと、一歩も動けないくらいに
遊びがなかったです。

でも、今では方向性が決まれば
その範囲で、とりあえず動いてみるということが
できるようになってきました。

例えるなら
台風の進路図のようなイメージだなぁ、と自分で思いました。

先日、知人と話をしてから、少し考えて
高校の頃、不登校気味だった
長男もそんな感じだったのかな、と今なら思えます。

長男は、正解までの道がしっかりと見えて
「絶対に大丈夫」という確信がないと
動けないような感覚、だったのかも知れないと
思いました。

そこから見ると、3年たった現在
長男も、ずいぶんゆるくなりました。(^_^)

とりあえず、動いていると
思ってるモノと違っていることがわかったり
そこでまた、違うモノに出会ったりしながら
すごくいい方向へ進んで行きます。
それが、わかってきました。

ただ、私は「テキトーに」とは思ってはいましたが
具体的には、8割を目指していたわけではないので
結局は自分のできなさに、いちいち嘆いていました。
「テキトーに」はまだまだ言葉だけだったのかも知れないです…

でも「塞翁が馬」で
できなかったことがあるから、それが次につながって…と
方向が少しずつ絞られていく感じが、今では心地よくて
ちょっと、ワクワクドキドキできるようになってきています。

見切り発車は、ハードルが高いけれど
台風の進路図くらいなら、行けそうです。

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出し切ってきた私が、8割主義に更新します

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もともと、私は完璧主義の方に寄った性格でした。

昔、私が30代の頃
斎藤一人さんが自分の力を「出し切る」と言うお話しされているのを聴いて

「なるほど」と思いました。

それからは、目の前のことに対しては
自分のできる限りの力を出し切っていました。

誤解がないようにお伝えすると

「自分が力を持っているのに、それを出し惜しみしたり
出し切らなかったりすると
毎日歩かないと、だんだん足が弱ってくるように
その力も無くなってくるよ…」

と言う内容だったと思います。

限度ものって、難しいですよね。

私は、「出し切る」と言う言葉から
直感で、本当に倒れるまで出し切る、をイメージしてしまっていて
「出し切る」=「倒れるまでやる」みたいな感覚を持っていました。
(それもおかしいのですが、真面目にそう感じていました)

たぶん、斎藤一人さんも
実際に「倒れるまでやる」なんて考えておられないでしょうね。

もともとが完璧主義寄りだったので
背中を押されて、さらに頑張ってやっていました。

出し切ることで、結果はちゃんとついてきますが
そこからちょっと肩の力を抜いて、8割の力でやることで
さらに結果が出る、と言う感覚も50歳にしてもっています。

結構長くの間「出し切る」ことを忠実にやってきていたので
無意識にやっているところもあります。

ちょうどいい更新機会となりました。
今日「8割主義」に更新したいと思います。

私はこれだと思ったことがあれば、すぐに感化されます。

そして、そう言うものがあれば
ぶれなくなってきて、少しずつ私の軸となっていくので
決められた枠の中で、考えることができて
私的には、とても楽なんですね。

だけど私の性格上、少し入りすぎてしまうところがあるので
それも含めて、8割でいきたいと思います。

職場では「てにをは」は非常に重要なことで
「ひとマス空ける」だとか、数字の全角、半角についても細かく指導されます。
上司はそう言うミスをキッチリ見つける人で
「すごいですね」と褒められています。

でも、私は心の中で

(そのうちAIがやってくれる仕事だから、こんな技術を積み上げる必要はないだろう…)

つぶやいています。心の中だけです…。

上司は、自分の仕事を全うしているのでいいと思います。

ただ、それが主な上司の仕事ではないだろう、と思っているので
指摘されるたびに、いろいろな気持ちが私の中によぎるのも事実です。

私は、ミスを見つけるのがそれほど得意ではなくて
それこそ意図を詠んでしまうと、細かいミスが見えなくなってしまうので
この仕事に関しては、苦手で役立たずです。

自分の苦手分野だから余計に、いづれAIがやるんだから…
と言い訳しているところもありますね。(^^;;

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