まだまだ頭が固いけれど、冒険心はある

私もそうだけど
社会もまだまだ、頭が固いところあるな、と思いました。

そういう社会の中で育ったから
私も頭が固いのかも知れないですが。
プライベートでの間違いは
その間違いのせいで、いろいろあって
濃厚な期間があったり、深くなったりして
後から思えばですが
「あれがあったから、今がある」と言えるようになってきています。


ただ、その時には本当にしんどい思いをすることが多いです。
母親に対して、ネガティブな感情をもっているところは
私の心の罪悪感となっていますが
それはそれとして、全部含めてを自分として
少し、認められるようになってきたようにも思っています。

歳をとったからかも知れないですが
死ぬ前に、後悔したくないから
間違ってもいいから冒険しようと思う気持ちが
どんどん、強くなってきました。

自分が心地よく思えることを、人生の中心にしていくために
いろいろ試している感じです。

間違いとチャレンジとを続けて…

4月から新しい職場になって
今「間違い」の真っ最中です。

もちろん、仕事でも色々あるのですがこれは置いておいて

ひとつは、机上のパソコン周辺機器を使いやすいように
カスタマイズしているところです。

ここへ来て、キーボードを別付けにしたことで
今までとは何か違うようで、手首、腕(?)が疲れるようになり
手首置きのクッション的なものを試したり、場所を変えたりもしていますが
何か違うようで、2週間経っても、まだしっくりきません。
今までと何が違うのか、検討です。
これは、まだ失敗続きです。

あと、より良い通勤経路も探索中で
まず、自分でいろいろと試しました。

ナビで目的地を入れておいてから、試しているので
初めての道でも、迷いはしないのですが
思っている道に、なかなか繋がらなくて
自分一人では、だんだんとわからなくなってきました。

以前同じ職場だった人で、同じ市内の人を何人か見つけたので
リサーチして、毎日一つずつ試しています。

「渋滞のできる道があるから、その信号の前で住宅街に入る」

と教えてもらって、先週試しましたが
住宅街に入っても、出る場所がわからず行き過ぎてしまい
結局、すごく遠回りになりました。

私は、運転中に道を間違えると、プチパニックになるので
1日、ひとつのことしかを試さないと決めています。

成功しても、間違えても、それ以上は試さない。

このルールがあるから、深入りせずに
今のところ、1日ひとつずつチャレンジできています。

翌日には、住宅街から上手く出られて
少し早くなりました。
まだまだ、チャレンジが続きます。

話は変わりますが
新しい職場には、とてもたくさんの職員がいます。
私は、この職に10年前から就いているのですが
この10年間で、たくさんの人と出会っていたんだな、と
改めて実感しています。
懐かしい顔が、たくさんありました。

見てわかる人もいれば、言われるまで繋がらない人もいます。

若い世代の人たちでは
10年前、出会った頃は、学生から新規採用されたばかりだった若い子。
今は、これまたお名前も変わって、お母さんになって
そして、綺麗になっていてわからなかった…という子も何人かいました。
この年齢での10年は、大きいなと感じました。
お互いの年齢は、まったく違うんですが
昔の知り合いに会ったようで、とても懐かしくて嬉しいです。

同年代の人とは、昔からの同志のように
あの頃は大変やったね、なんて懐かしい話をしました。

「色々あって、違う名前なの」と
同年代や、上の世代の方でもお名前が変わっている方も
チラホラおられて、こちらの10年もまた、大きいなと思いました。

「私、あの頃、尖ってましたね」と言ってきた子もいました。
色々あって、丸くなりましたと。
そう言える、彼女もステキでした。

色々あって
間違いと思えることもすべて、前へ進んでいるんですね。

また、どこで誰と繋がるかなんて分からないものです。

ドキドキしながら、新しい職場へ行きましたが
山ほどの失敗はありますが
思いの外、心地よく楽しくやれています。

ゆるい螺旋階段をのぼってる感じ

私もいつも、考えて行動はしているけれど
同じところを、行ったり来たりしている感じがあります。
でも、前に進んでいる感覚もあります。
ゆるーい螺旋階段みたいなイメージです。

すぐに、新しいものや興味が湧いたことには
ついつい、いろいろと手を出して
よく、失敗や間違いをしているので
何やってるんだろう?って感じですが

これも時間割引率関係で
ゆるーい螺旋階段を
わからないくらいゆるく、少しずつ上がっていると
歳とともにだんだんと
全体が、少し変わってきた感じもあります。

また、違う見方をすれば
同じところを何度もとおって
ちょっとずつ、掘り深めていく感じもあります。

間違いという言葉には
まだ、ハードルがありますが
自分のした経験に対しては
あまり間違いだった、と認識したことはないです。
経験は、その時はとても嫌な経験であっても
後で考えてみると、プラスになっているので
一点を切り取らずに、全体を見ると
まったく、自分では間違いだとは感じていないです。(*^-^*)

間違いではないけれど五感の声を感じる

間違いから、少し話がずれるのですが
最近、とても五感の声を感じます。

4月から、職場が変わって
距離が、近くなったのですが

転勤してみて、改めて
五感で感じることが、ほんとにたくさんあって
自分でも驚いて、家族にも話していました。

もちろん、通勤時間が短くなり
帰りは30分で帰れるので、すごく楽になったのですが
(睡眠時間も増えて、楽になりました)

それ以上に、以前の職場では
人間関係が重かったんだ…ということを
日がたつにつれて、五感で感じることが多くなっています。

以前の職場では、トップダウンの上司と
サイコパス的な攻撃性をもった直属の部下が、自席の隣にいたので
快適でないことは、わかっていました。
でも、仕事上仕方のないことだし、と割り切っていましたし
日々の業務の中では、それほど、しんどいとも感じていませんでした。
(それ以外の人は、とてもいい人たちばかりでした)

4月から新しい職場になり、2週間ほど働いてみて
今は、ホントに心地よく働けています。
自分で、思っていた以上に
以前の職場での、人間関係は
私の、心の重荷になっていたということが
離れてみて、本当によくわかりました。

心理的安全性が守られた環境って大きいな…と
つくづく感じて、感謝しています。

自分で選択できることではないのですが
きっと、私の身体にとってはいろいろな意味で
間違いだったんだろうな、と思いました。

間違えを認められるには…

間違えることを、認めていくことって 

デメリットがメリットを上回った場合に 

それを、修正していくだけの作業なのに 

間違いを認めたくないのはなぜだろう… 

と考えてしまいました。 

 

自分の間違いを認める、受け止めることへの 

反発や抵抗が、心の中にあるようです。 

 

間違いはダメなことだ、と言う思い込みと 

取り返しがつかないようなイメージと 

誰かから責められる感じが、あるように思いました。 

私も含めて、誰かから責められるイメージが 

一番強いかな。 

 

始める前から間違うことを想定 

これができていないんだな…と思います。

間違いと感じるデメリットのほとんどは金銭的なこと

だいたい薄々感じていることって
ほとんどが自分では、見たくないことのような
気がしてきました。

それなりに、自分で折り合いをつけているんだけど
その天秤が、どんどん傾いてきて
薄々ではなくて、見た目にもおかしいと思えるくらいになって
やっと、自分で間違いを認められるのかな、と思います。

それが、メリットとデメリットなんでしょうね。

そして、デメリットと言って思いつくのは
お金を損したこと、です。
目に見えるので、自分でも
ごまかしようがないところだと思います。
お金の使い方の間違いは、自分にとっても
わかりやすいです。

時間を無駄にするとか、健康を損なうことも
デメリットとして、あげられるけれども
自分でも、認めたくない時に
わかりにくいもので、デメリットの線引きをするのは
また、ちょっと
自分を、ごまかしてしまうことが多いように思いました。

今までに、自分の間違いを認めたこと

子育てについて、間違いを認めた経験があります。

今日は自分のために、書かせてもらいます。 
長男を、3歳くらいまで、自分がしてもらったように育てていたのですが、自分でもこんな小さい子に厳しいな、と思いながら、親の言うことを聞かせていました。 
そこで、自分の心の奥にあった気持ちが爆発し、私が育てられてきた環境は厳しかったし、私はそれをしたくないと思いました。 
思えば、先週の我慢が恨みに変わった瞬間かも知れないです。(これも短絡的ですが) 
それから、いろんな本を読んだり、話を聞きに行ったりしながら、やっぱり自分がやっている、親の言うことを聞かせるだけの子育て方法は間違っている、と思いました。 
それが長男が3歳くらいの頃です。 
でも、私も子育ての正解を見たことなかったですし、自分が今まで大人になってきた経路をとりあえずのモデルとするしかなく、いろいろな話は聞くけれど、罪悪感を持ちつつ実践できなず、モンモンとしたまま長男は4,5歳になっていました。 
その頃に出ていた講座の先生に、子どもを褒めることを教えていただきました。ダメだししかしていなかった私にとって、はじめは褒めることは慣れず、とても気持ち悪かったですが、ちょっとずつ褒められるようになりました。 
でも、感情的になると、余裕がなくて親の言うことを聞かせるという部分が出ていました。 
その頃は、私もどうしたらいいのか、自分の感情を抑えられない感じがありました。 
私の思いとしては「私はあれほど厳しくされたのに、なんで子どもには優しくしなければならないの」私に優しくしてくれる人はいなかった、という思いでいっぱいでした。 
 
でも、親の子育て方法が間違っていたということは、自分でも分かっていたので、私がやるべきことは、長男に対して、そうでない方法で接すること。そこまでわかっているのですが、まだ感情が邪魔してました。 
そんな葛藤を引きずりながら、凝りもせず小3から塾へ行かせました。「勉強はできた方がいいし、今しんどくても、あとで長男のためになる」という親の思いだけです。 
楽天的な長男でしたが、5年生くらいになると、勉強もしなくなり、それを必死でさせる、とても恐ろしい親になりました。心ではどこか違うと感じていましたが「この中学受験さえ乗り越えれば…」という思いが強くて、子どものためだとか、人生が変わるとか、 
まさに、自己正当化バイアスが働いていました。 
そして、息子は何度か家出をして(近くの公園にいるくらいでしたが)やっと、これは間違っていると、やっと認識できました。 
それからもすぐには、すべてを受け入れられる母親になったわけではなかったのですが、中学時代は、本当に息子のしたいように、任せて選ばせて、とりあえずは、できるだけノータッチでいるようにしました。それが、その時の最善でした。 
小学校時代は、口もきかなかった息子が、中学高校と年を重ねるごとに、親とよく話すようになってきました。もともとおしゃべりな息子だったようです。 
 
その後も、高校入試の時に、私はまた懲りずに、やってしまいました。大学のついた高校への進学を勧めました。息子は勉強をするのがそれほど好きではない、ということがよくわかったので「それなら、楽に上へあがれる方が…」とまた、考えてしまったんです。 
息子は「そんな大学には行かへんぞ」と言いながらもその高校へ入学し、言葉通り、そんな大学には行かなかったんです。 
言った通りなので、仕方がないのですが、3年の間に変わるかな、とかまた、私のいいように考えてしまっていました。 
結局、親が子どもの思いを無視して何かをしようとすることがダメだ、とわかっているのに、また「よかれ」と思ってやってしまったんです。 
それで、今度こそ、息子の人生を自分でコントロールしようという企てからすべて手を引くこと決めました。 
どんなことになっても本人の選択を優先する。なかなか難しいことですが、私にはこれをする以外には方法はないと思いました。 
それで、長男の希望通り、私の実家での浪人暮らしをしたのですが、途中からは予備校にすら行かなくなってしまいました。でも、結局ここで手を出したら同じことになる、手放そうと思って、めちゃくちゃ言いたかったけれど放っておきました。(実家だったので離れていてよかったと思います) 
心配な日々でしたが、時期がくると長男なりに自分で行ける大学を選んできて、受験し、今通っています。受験期間には、自分の希望と現実とにひとりで悩んでいたと思います。もちろん内部進学できたはずの大学よりも、ずいぶん下がりました。今は、家族内では、それを冗談で話せるようになりました。 
自分では、クソ大学とか言いながらも、だからこそか、勉強は今までで一番頑張っていて、母から見ると充実しているように見えます。あと「うちの家は自由や」嬉しそうに言っています。私も嬉しいです。 
自分が間違っていると思ったのは、長男が3歳のころなので、19年もたってやっと最近よかったと思えます。途中は、迷い迷いで、すぐにいいことなんてなくて泥臭いことばかりでしたが、間違っていると思ったことは修正しないと私みたいな大人になってしまう…という気持ちが強くて、なんとか修正できました。 
やっと、長男の人生に口を出さないでいられるようになりました。自分の足で歩いていけるようになったともいます。息子も、私もです。 
きれいなことしか書いてないです。また、次男には次男のストーリーがあります。 
自分のために書かせてもらいました。