大変なときほど、ユーモアをもてる心の余裕を

今週投稿したことは
すべて、私の心の奥底にあることですが
四六時中ずーっとネガティブな私、と言うことでななくて

きっと見た目は、結構普通なんですが
心の奥では、自信がなくて、自分にOK出せなくて…
ということころがあるってことです。

そして今日は
私が、お酒の席が好きな理由わかりました。
好きなのは、お酒の力を借りて自分の鎧を外せるようなところです。

特にお酒自体が好き、と言うことではないので
コロナのこの状態になってから
今は、ほぼ飲む機会はなくなりました。

以前のお酒の席では
私が普段、人に話さない部分が話せて
リフレッシュできる感じがありました。
日常で人に気を使ってる部分が
お酒の力で緩んで
私が、気楽に話せるんだと思います。

この一週間
職場では、コロナ関係で
ピリピリした状態が続いていたのですが
そう言うイレギュラーな、緊迫した余裕のない時に
人の人間性が、本当によくわかるなぁ…と
思えました。

職場の緊急時に
自分の上司の、私利私欲みたいな
自分がどう思われるか…のようなモノが見え隠れすると
ついて行くものとしては、興ざめします。
残念ながら、そんなモノが見えてしまいました。

私の理想は、そんな時にこそ
ユーモアを持って接する余裕がある上司
出来ることは限られている中
もしかしたら、上司も自分の中でも
ホントに、いっぱいいっぱいだったとしても
ウソでもいいから、いい雰囲気をつくる…
そんな上司モデルのイメージを持っています。
今なかなか、いないですね。

昔の上司は、もっと威厳があった気がするのは
イメージだけなのか
私が歳をとったからなのか…。

話すのは好きだけど、まだまだ

私は、色々な人と話すのが好きです。

でも、つくった自分で付き合ってきていました。

今思うと、小学生の頃からなぜか
「みんなに好かれたい」という強迫観念的な思いがあって
みんなが気を悪くしないように
気を使って、みんなに好かれる子をやってきました。

基本的には、人と接することが好きなので
学生時代のアルバイトでも、対面で接するものが多く
その延長線上のような感じで
卒業後に証券会社の営業をやっていました。
ま、内容は全く違いますが

共通するところは、自分を出さずに
相手に気に入られることを目指す…みたいな感じです。

で、それが嫌になって職を変わっていくのですが

そういった仕事を辞めた頃から
ムダに愛想よく話すことや、必要以上に人と仲良くなることを
だんだんと、避けるようになりました。

その理由は、仕事上で付き合う人
例えば、それが顧客なら
男女問わず、人間性がいい人であって、気が合う人であっても
それは本当の人と人との付き合いじゃないし
最終的には、自分がその後ろの数字を見ているところも嫌だったし

職場で若い子と、たまたま仕事以外の話になった時
私が上司だから、愛想よく聞いてくれているような気がして
話が合ったとしても、素直に喜べないところが
私にはあります。
色々な人がいるので、本当にわからないです。
すべて、気持ちの問題なんですが。

でも、それは自分が上司に対して
上司が気分良くなるように、話を聞いているから
逆に、そう考えてしまうのだとも思っています。

なんと説明したら良いのか、まだモヤモヤしていますが
結構、職場で心を開けないところの根幹となっています。

だから、せっかく話しかけてくれても
普通にお話をして、終わるようにします。
あまり話が盛り上がらない、話を盛り上げないという感じです。
少し、申し訳ない気持ちももっています。

上手く言語化できませんが
ブレインロックだと思います。

無理矢理、言葉にしてみると
表面的には、いい感じでお話はしているけれど
私が、心の中で線を引いてしまっていて
話が盛り上がったとしても、相手が合わせてくれているとすると
申し訳ないから、あまり話さない…みたいな
訳のわからない思考ですね。

そんな中でも私の経験から
初対面から、それほど愛想がいいわけではない人の方が
信頼できます。

初めに愛想のいい人は、どうしても表面的なものに
引かれている人が多いと、私の中では分析して(ブレインロックですが)
パターンとして対応しています。

仲良くなった気になっていって、踊らされていた、最終的に違った…
みたいな感じになりたくないんです。
やっぱり、傷つきたくないんですね。
何が怖いのかわかりませんが、まだまだ、怖がりです。

雪の早朝、嬉しかったこと

今日は、家の辺りも雪が少し積もっていました。 

1年ほど月・水・金の朝だけ 
新聞配達を続けている息子が 
「バイクで滑ったわ…」と言って、朝帰ってきました。 
途中から、バイクにチェーンをまいたようですが 
滑ったようで、足を擦りむいていました。 

私が、出勤する時に 
「気をつけてゆっくり運転しろよ」と言われて 
小学校のころに何度か家出をしていた(知れていますが) 
21歳になる息子ですが 
「そんなこと言えるようになったんや…」と 
親として、とても嬉しく感じました。 

そう思うと、私はずっと 
長男が小さかった頃に、私がやってきた子育ての方法 
(親の意に沿わせようとする縛り付けていた方法) 
が間違っていたな… 
という負い目を感じていました。 
もう一つ言うと、長男が早産で1600gだったことにも 
すごく負い目を感じていました。 

もちろん、接し方は変えましたが 
自分への負い目が、少しずつ溶かされて 
高校卒業したくらいからは 
ずいぶん、自分にOKを出せるように 
なってきたように思います。 

こういう内容の投稿ができるのも 
心理的安全性が担保されていることと 
共感してくれる人がいることと
今、悩んでおられる方の役に立つことがあるかも… 
という思いが原動力となっています。

何回かやってみて、ちょっとずつ自信をつける

私は、つい課題に目がいってしまいます。 
だからか、いつも仕事に対しての不満を 
持っているようにも感じます。 
それはそれで、仕事の改善に向かえるので 
いいのですが 

気がつけば、いつも文句を言っているような感じがあるので 
「文句いい」みたいで 
ちょっと、微妙な気持ちになります。 

ま、それも改善ができると言う 
私の良いところとして見ていくのが 
いいんですね。 

自分の弱みについて 
「私はこんなことができないねん…」と 
自己開示して、人に伝えることはできるんですが 
本当に自分が困った時、その時に 
自己開示することができない…と言うか 
そうすることに、慣れていない感じです。 
まだ、上手くできないです。 

だいたい本当に大変な時に言えない、というよりも 
その時に、人に助けてもらうという選択肢が思いつかない 
と言う方が、正確だと思います。 

大変な時は、いっぱいいっぱいなので 
自分でも気づかずに、今までどおりのルーティーンで 
自分一人で抱え込んでしまう… 
という感じです。 

困ったその場で、自己開示できるように 
少しずつ積み上げていきたい。 
困った時にちょっと考える、をやってみます。 

たぶん、困った時に断られるのがイヤだと思うので 
断られてもショックを受けないように 
ちょっとずつ、自信をつけたいと思います。

やっぱりなんか自信がない…

私の価値観の中に、条件付きの愛情が 
かなりの割合を占めているように思いました。 
相手に対しては、表面的に表れるので 
気をつけて、そうしないようにはしていますが 

相手にはしていなくても 
結局、自分に対してそういった 
条件付きの行動を取っているということは 
他人に対しても 
心の中で、きっとそう思っていると言うことなんだな 
と思いました。 
そう言うことなんですね… 

SNSが怖いモノだと思い混んでいた 
そんな私でも 
今では、すっかりブレインロックが外れているので 
これは、毎日のリハビリの成果だと感じます。 

やってみると何のことは、ないんですが 
Facebookを似顔絵でも、やっぱり自分を出すことが怖かったんです。 
誰かから、なんか責められそうな気がして。 

気づかないブレインロックが 
やっぱり、もっとたくさんあるかも知れないです。 

そう言う意味では

私はSNSで発信(匿名ですが)できているのは

自分のリハビリができているのだな、と感じます。

はじめは自信が無かったですが、日々だんだんとこれでいいんだ、という、自信のようなものがついてきているのもわかる気がします。

変われるきっかけを自分で受け入れる

自分をいじめていることからすべて撤退する。
私が一番苦手とするところです。 

昨日、投稿した共通テストの次男も 
私と同じタイプで 
以前、ストレングスファインダー診断をしたときに 
また私と同じで、回復思考が1位でした。 
できていないところに目がいくタイプかな、と 
ザクッと感じています。 
(いいところもあるんですけどね…) 

逆に、長男は超ポジティブ、未来志向なので 
本当に羨ましい。 

自分の中でのつぶやきって 
1日2万回…と何かで聞いたことがあります。 

私や次男は本当に、自分の中で 
何度も何度もダメだししているように思います。 
ダメだしでなく、いいつぶやきに変えていければ 
本当に変われるように思います。 

自分にポジティブの感覚をもつことに抵抗があるんですが 
はじめのうちは心地が悪かったとしても 
投稿くらいしか、自分が変われるきっかけがないので 
ちょっとやってみようかな…と。

自分にオッケーを出せるように

ちょうど昨日、共通テスト2日目が終わりました。 

自己採点をして 
「今までで一番最悪の点数や…」と。 
志望校の受験が難しい…と嘆いていました。 
「もう、予備校の人に会いたくないな…」 
と心の声が漏れていました。 
できなかった自分を、すごく責めているのがわかりました。 

今までの模試の結果が上がってきていた分 
反動が大きいようです。 
こういったときに、親は見守るしかないかな 
とモヤモヤを感じながら 

足を引っ張るのは自分のプライドだけだし 
あと40日間できることをやっていこう… 
みたいなLINEしておきました。 

でも、ちょうど6年前の 
デジャブーのように思えました。 
今、高3の息子は、6年前の今ごろ 
中学受験で希望していた学校が不合格となって 
とても落胆していました。 
今の学校へは、目に涙をためて入学しましたが 
そこでの6年間は、息子にとって 
とても素晴らしい6年間となりましたし 
本人も、実感していると思います。 

大学受験は相対評価なので、仕方ないですが 
どうしても、視野が狭くなって 
試験結果を人生のすべてだ、くらいに 
感じているように感じます。 

少なからず、私もそうだったので 
その気持ちが、よくわかります。 

いろんな心の動きを感じながらも 
他人の目ではなく 
自分にオッケーを出せるようになってほしい。 
私も、もっとオッケーを出せるように。