ノブレス・オブリージュの心構えに共感して

「ノブレスオブリージュ」という言葉に

ハマってしまいました。
聞いたこともあったし
ググってみて「そうそう」と思い出しました。

ノブレス・オブリージュ(仏: noblesse oblige フランス語: [nɔblɛs ɔbliʒ])とは、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には義務が伴うことを指す。(Wikipedia)

そこから派生し

ノブレス・オブリージュとは、一般的に「財産、権力、社会的地位を持つものは社会的義務が伴う」という意味です。

(でもまた何ヶ月後かにはググって
新鮮な気持ちで「そうそう」と思ってると思います…)

科学リテラシーについて一歩先に知った人は
知らない人を利用するのではなくて…というのが理想です。
私も生き方として、王道が好きです。
だから、個人的にはそんな小さいところで

勝負するようなことはしないです。

でも、営利企業となると
そのトップの考え方によって
突き詰める先が、全く違ってくるんだと感じました。

現代では「高貴な人」とまではないかないまでも
科学リテラシーのある人は、正しい倫理観をもっての
営みを続けてほしいですね。

科学に強い立場にある人は、その知識を人のために使わなければならないと思います。
最近、たまたま医療についての小説を選んで読んでいます。

そして、そこで臓器移植や癌や一般的でない難しい治療になると

どうしても患者は医師からの情報しかなくて、その医師の倫理や知識に左右されると感じました。(小説ですが)

科学に強い人が倫理観を持ちながら行動することはもちろんですが

私たちも学ばないといけないと感じます。

結果的に科学リテラシーを活用しているけれど…

私は「科学」と言う言葉に、どうしてひっかかってしまって

ググってみると、Wikipediaでは
広義では「体系化された知識や経験の総称…」と。
ちょっとは、イメージ持てたかな。
大きくは、体系化されたものと考えていいんだ。

やっぱり、イメージのわかない言葉があると
その先が進まないです。
でも、自分の中にどうも落ちきらないところは
たくさんある情報の中から、どうやって取捨選択したらいいのか
と言うところかな。

そもそも、そう言う情報を判断する経験が少ないんですね。

リテラシーの結果として分かった部分を
世間で見聞きして、使ったり

最近では、すっかり勝間さんのお世話になって
「勝間さんの言うことだったら…」と
手放しで、乗っかってるところもあるので
自分で探して失敗する経験も、もっと積まないと…です。

本もたくさん読みますが
そこから、自分で見つけ出せてるのかな…

あと、エアクロとかメゾンも
めんどくさがりの私にとっては、すごくぴったりなんですが
その後ろに
「美醜差別や無意識の偏見に関するこれまでの研究の蓄積を理解してるから」
と言われれば、確かにそうだな…とまた納得しました。
私は、おしゃれのためには使ってなくて
仕事着に使っているので、本当にそうだな、と実感。

言われてみれば「そうだ、そうだ」と思えることにも
無意識(?)のうちにやっている中に
科学リテラシーが関わっていることって多いようです。

でも、それは科学リテラシーを利用したと言うよりも
結果的には、科学リテラシーを使っていただけなので
やっぱり、自分で活用できているわけではないんですよねσ(^_^;)

選択理論心理学も、たまたま知り合うことになったけれど
科学的な見地から考えてみよう、と思って
巡り合ったわけではないので

科学的な視点って私の中にまだまだ薄いな…と感じています。

取り入れていることの後ろには、科学があるかも知れないけれど
まだまだフィーリングで生きているな、と気づきました。

ダラダラと書きましたが
まだ、もひとつ自分の中に落ちきっていないし
言われないと、見つけられていないということです…(。-_-。)

そもそも「科学」って…なに?

ノウハウを知りたいと思った時に 
そのことに関する科学リテラシーを考えるというのは 
なるほど…と納得できました。 

確かに 
何かを知りたいと思った時には 
とりあえず、仕組みを調べているかも… 

でも、調べている範囲は 
無意識で、あらかじめ目星をつけているような 
自分の知っている範囲になってしまうので 
(思い込みがあります) 
それを、日頃から広げておかないといけないんですね。 

でも、やっぱり「科学」という言葉のイメージに 
私は引っかかっている感じがします。 
日常生活では使わない言葉なので 
ピンとこない理由は、そこにあるのかな 
とも思います。 

科学って? 
ググってみます。

気の流れを整えられる経絡の不思議

今週、体調が良くなくて
病院へもいきましたが、だるさが取れず(風邪でした)
しんどかったので、昼間もゆっくりと寝ていました。

こういう時には、水分をとって寝てるのが一番なんですが
そんなしんどい中、なぜかふと頭をよぎったのは経絡。

私、鍼灸のとても腕のいい先生のところに通っていた時期があって
その頃に、経絡や気の流れについて
たくさん教えてもらいました。

先週から、手足の冷えがひどいなと思っていたので
だるいと思っている足首辺りをさわってみると
すごく凝っていたので
オイルでマッサージしました。
マッサージオイルを使うと、摩擦が少なくなるので
自分でも、すごく楽にマッサージできます。

身体がだるいのに、マッサージをしたいと思うのは
マッサージをすると治ると
きっと私が、思っているからなんですね。

あまり考えずに
脚のこりをほぐして、首のこりをほぐして
肩と脇の辺りをマッサージしてと
自分の本能に任せて、ほぐしたいところを一通りやって
水分をとって、また寝ました。

それで、少し身体が楽になった気がしました。

プラシーボ効果というか
「気の流れを整えれば治る」という思い込みかも知れないけれど
それでちょっとは、自己治癒力を高められたかも知れません。

科学を考えた時に「気の流れ」って説明がつきにくいけれど
実際、鍼灸はアスリートも使っていて
(それは気ではなく、実際の筋肉に対してかも知れませんが)
おばあちゃんの知恵袋的な位置ではあるけれど
まだまだ、科学的な説明の難しい分野だなと感じます。

科学リテラシーを知ると生活が楽になる

私は少し前、年末くらいから
選択理論心理学を学ぶようになりました。

私は、人間関係や人の気持ちに左右されることが多かったので
選択理論心理学を学ぶことで、人の認知や行動の仕組みがわかってきて
日常的にも、余分な労力を使わずに済むようになりました。

リテラシーを知ったことで
私にとって公私ともに
生活が、劇的に楽になったと感じています。
よかったです。

どこか、自分が困っていることは
ひとつひとつ自分の経験から
答えを探し出して、クリアしていかなければいけない
みたいな感覚がありました。

特に、心理系はカウンセリングとかの
気持ちを晴らす系しかない、と勝手に思っていて

理論を学ぶことで
これほど見方(認知)が変わるなんて思ってもみなかったので
目から鱗でした。これもホントに勝手な思い込み、ブレインロックですね。

なんに関してもですが、本などからの情報を得て
自分に起こることを、ある程度想定内とすることができたら
本当に、合法的なカンニング
すでにわかってるんだから
もっともっと、活用すればいいんですね。

でも、何かに対しての興味や関心をもっていないと
そこに気づかないだろうから
感受性豊かに、頭柔らかくいきたいと思いました。

息子たちには何に関しても、リテラシーを追求するような
そういう感覚をもってほしいな、と思います。