最期を意識したことで、やりたいことをやれるようになる

父親の死を体験し
自分の最期を、意識しはじめたことで
ほんの少しずつですが、私が変わってきたことがあります。

父親は、一昨年前に癌を患い
最期は緩和ケア病棟にお世話になって他界したのですが
目から鱗が落ちた父親の言葉がありました。

「あっちにはなんにも、持って行けへん」 
これは、すごく当たり前なことで
私も、知っていたことなんです。
でも、この時に体験を伴って実感できたことです。

結局、死ぬときって、何も持って行けない。

じゃあ、それまでに何を大切にして、生活していけばいいんだろう。
それから、考えるようになりました。

ある程度のお金は必要ですが
私がしっかりともっていけるものを手に入れたい。
そして、私がいなくなっても残るものを、周りの人へ残したい。

私の中に、そんな考えが芽生えました。

日常生活の中では、忘れていますが
何かあると、そのことを思い出しています。

そして、自分のためにも
今、やりたいことをやる、という気持ちが強くなりました。

私にとって、今、50代が楽しいのは
そういった考え方の変化もあって
自己決定をして、自由に生きるようになったからだと思います。

「人を出し抜いたり人を踏みつけにすると
その悪評から利用する人はいても、信用する人はいない」

こういう人が組織を離れると同時に
周りの人がいなくなるのだろうな、と思いました。
年をとって周り幸せになれない訳ですね。

そうは、ならないように

そして、私の最期に自分がもっていけるものを
積み上げていきたいと思います。

キッカケは、後からキッカケとなってる

ちょうど昨日、知り合いと食事をしました。
たまたまですが、年下が多かったです。
でも、50代になると
普通、周りに年下の方が多いです。

話の中で
「やめたいものとか、改善したいものってありますか?」と
みんなに質問した子がいました。

その人は「タバコをやめたいけれどやめられない」と
ちょっと悩んでいて
(やめるって決めきれてないんだろうな、という感じでしたが)
周りの人にも、そういう思いがあるのかが
聞きたかったようです。

その時、私は何も思いつかなくて
すごく考えたんだけど、やっぱりなくて

いつの間にか、やめたいものはやめて
自分がしたいことを優先できる生活に、なっていたことに気づきました。

私にとってそれは、6年前の2ヶ月間の出張がきっかけだったと
ハッキリと言えます。

6年前の当時、中1と高1の息子と夫を置いて
2ヶ月ちょっと、関東へ出張へ出ました。

もちろん、家族の了解も得ましたが
その時夫も息子も、私が2ヶ月家を空けることを
あまり具体的に、深く考えていなかったんだと思います。
(これも薄々はわかっていましたが、そっとしたまま家を出ました)

私にとってその2ヶ月間は、家のことを考えず、学ぶことに集中できて
新しい世界が広がった感覚がありました。
やっぱり、自分の欲求が満たされたことが、とてもよかったです。

もちろん、その裏で
家は、ひっくり返って
3人でもめながら、それは、それはすごいことになっていたようですが

これも、私の想像の範囲ではあって
とりあえずは、誰も飢え死にすることもなく
男3人で協力して、それなりに2ヶ月を過ごしたようです。

戻ってきた時に、大変だったとは言いましたが
それを、いつまでも言うこともなく
今では、夫の変な手作り弁当の話や、洗濯物騒動など
笑い話になっている感じです。

その経験から私が、必要以上に家族の心配をしなくていいんだという
ことが、よくわかりました。

それまでは、家のことがあるからと
休日、研修的なものに行きたいのに断ったり
夜の食事会なども、家族への負い目があって
あまり、参加しなかったりだったんですが

家庭に、特に迷惑がかかっていないようなので
「自分の好きなことをしよう」という思いが、すごく強くなりました。
私のやりたいことをするために
家族には、自分たちでやってもらうことが増えました。
(そもそも、家事を母がするという考えも古いんですが)

やり始めてみると
息子たちは、意外とクールですぐに順応していきました。
(夫は、ちょっと微妙なところがありますが)
私がやりたいことをできるようになって、大きな理由は
物理的に、家事の量が少なくなったからです。

この点では、本当に家族に感謝です。
3、40代に比べて、明らかに自由に生きています。

昨日の食事会で「やめたいことは?」と聞かれて
「特にない。50代って楽しいよ」と言えてる私自身
あまりにも、ストレートな答え過ぎて
ちょっと、強がってると思われたら嫌だなと
自分で、思うくらいでした。
(でも、本当だから)

そのきっかけも「後になって思い起こせば…」と言うものなので
その時に、人生を変えるぞ、とは思っていないんです。

何が大きなキッカケになるかわからないなと
つくづく感じています。

見た目年齢と実年齢と

私が35歳頃、だったと思うのですが
「コエンザイムQ10」が発見された(?)と流行って
それをきっかけに、アンチエイジングを気にするようになりました。

その頃の、我が家の収入から考えると
サプリメントの費用は、高価だったのですが
健康に年をとる方が、お金がかからないだろうという考えから
夫と私と一緒に、何年か飲んでいました。

気づけばいつの間にか、フェイドアウトしていました。
今は、「コエンザイム」どうなったのでしょうか・・・

何度か書いていますが
私は、どちらかと言うと若くみられます。
職場では、それがとても足かせになることがあって
面倒臭いことですが、白髪をわざわざ出していた時期もあります。

年齢によって、その人の言うことを聞くとか聞かないとか

そこまで、極端なことはないのですが
どんな役職に、就いていたとしても
年齢で、人を判断する人はまだまだ多いです。

特に、マウントを取りたい人やサイコパス系の人は
なぜか、とても年齢に敏感なので
そういった人との、面倒なやり取りを避けるために
年齢を、積極的に公表しています。

基本的には、60歳までしかいない職場で
52歳というと、ほとんどの人が年下ということになりますが
積極的に、年齢を公表することで
そういう人とのやり取りは、数段スムーズになると感じています。

逆に言えば、4、50代は
年下の言うことに、従いはするけれど
嫌なオーラを出す、と言うことなんです…。

すべて、仕事上のことですが
見た目年齢がどう見えるか…が与える周囲の影響は
とても大きいと思っています。
思っている以上に「人は実年齢を気にする」ということ
私は、実感しています。

そのせいもあってか、若い人が理不尽なことで
年上の先輩から注意を受けたり、指導されたりすることに
私は、敏感に反応するのかも知れないです。

実年齢って、人によっては
デリケートな一面を、もっているのかも知れないです。

年齢、性別を超えて気の合う人がいること

2年前、若い人たちがやっているSNSには
まったく、興味がなかったです。
でも、自分がそこへ入ってみて
その楽しさがわかりました。

別に若い人がやっていること、という訳ではなくて
「新しいことに手を出している人には、若い人が多い」
という状況だと感じました。

そう言えば、だいぶ前ですが
直属の上司ではないけれど、相談しやすい人(おじさん)がいました。
その人には、いろんな人が話をしに行っていました。

その話の、一つ一つが解決しているのか
どうかは知りませんが

とにかく「話を聴いてもらって、アドバイスがほしい」
と思える人でした。

数年前に、定年退職されましたが
私も、今でも付き合いがあります。

直属の上司ではないので、上司感はまったくないです。

思いおこすと
私のところに、若い人が相談に来る時に
そのおじさん上司のイメージを、もって接していました。
そういう立ち位置で、若い人を支えて
付き合いたいと思っていました。

無意識の中では、モデルにしていたのですが
自分のモデルだと、自分で気づいていなかったのは
単純に、それがおじさんだったから…笑

モデルと言うと
ついつい、女性をイメージしていて
すっかり漏れていました。

でも、自分の中ではしっかりと
「あーゆー人になりたい」と思える上司でした。

職場では役職があるので、人の本心がわからないところもあって
少し面倒な気もしますが

きっと、直属の上司ではない関係が
お互いに、話しやすいんだと思います。
話をしにくる人も、直接の関係がない人が多いです。

私には年齢、性別関係なく、気の合う人がいます。

若い人と気が合った時には
「もしかしたら、話を合わせてくれているんじゃないか…」と
はじめは、こちらが気を遣ってしまいます。

でも、気が合う人は、単純に気が合う人で
それだけです。

お互いに、お互いを選んで付き合っていて
たまたま、それが若い人の時もあるし
同年代の時もあるし…

同年代の方が、同じ環境で育ってきているので
気の合う確率が高いな、と感じますが
いろんな世代に、気の合う人がいることは
いろんな仲間がいる感じで、楽しいです。

チャレンジ精神を満たしてくれる初体験のストレス

自分の、チャレンジ精神を満たしていくストレス
誰もが、好きだとは思いますが
私も、大好きです。

年に何度か、尋ねられることがあるのですが
仕事で時間がないのに、試験や読書、その他、いろいろやって
しんどくないですか…と。

自分では「ちょっとMかな…」と思っていたんですが

自分のチャレンジ精神を満たしてくれるストレスは
プラスなので、大歓迎だったんですね。
言語化してもらって、自分で腑に落ちました。

忙しければ、忙しいほど
マイナスのストレスを、プラスのストレスで
消そうとする感覚に、思えます。

今日は、朝から初めてゴルフのハーフラウンドを周りました。
(表現の仕方がこれでいいのかが、まずわからない…)

ま、スコアはひどいもんですが
先日、ショートコースへ連れて行ってもらい
そして今日。

バンカーも経験できたし、ゴルフ場の雰囲気、初体験。
50歳過ぎても、初めてのことってワクワクドキドキできるって
本当に嬉しいです。いいストレスです。

若い頃は
ストレスがあって当たり前だと、思い込んでいて
自分が、ガマンしたらいいんだ、と
ムリし過ぎていましたが(もともとMっ気もある)

これもまた、歳とともに
自分の身体に、限界があることを知って
自分の身体を、大切にするようになって
昔より、ストレスと上手く付き合えるようになったと思います。

昔は、人に言わずにガマンして
自分で背負ってしまうことが多かったな
と、思います。

ストレスマネジメント、と言うと
マイナスのストレスと、どう付き合っていくのか…

ということだと思っていましたが
いいストレスで、常に活性化していくと考えると
結構、私、これ好きかも♡ と嬉しくなりました。

前頭前野の働き、子どもと高齢者と

以前、脳科学者の方のお話を聴き
前頭前野のお話がありました。

内容は真逆で、子どもの前頭前野の発達が視点でしたが
前頭前野の働きが衰えてくる、高齢の方のお話と
前頭前野が未発達な、子どもたちのお話が
重なりました。

子どもたちの場合
思春期には、大脳辺縁系が過活性になり
感情爆発がおこります。
イライラしたり、何でも楽しかったり、悲しかったり…
思春期には、止められない自分がありますが

思春期の子どもたちは、前頭前野がまだ完成していないので
大脳辺縁系を抑制できないとのことでした。
ただ、それだけだと。

ちなみに
前頭前野は完成するまでに、25年かかるとのことで
これは、私にとってすごく衝撃的でした。

22歳大学生と、19歳浪人生の次男がいる私は
もう、子育ては終わったように感じていましたが
まだまだ、前頭前野は発達途中だったとは・・・。

前頭前野が、成熟していない子どもたちには
大人が前頭前野の役割を担ってあげればいい。
たとえば
イメージの世界や、相手の心をイメージできるようにしてあげる
推論の世界を、補足してあげるということです。

息子たちに対しても、そうですが
新規採用で、職場に入ってくる若者たちも
まだまだ未成熟な前頭前野をもっているか、と思うと
人材育成というよりも、もっと大切な視点があるかも
と思いました。

それは、机上での研修ではなく
日常の業務の中での、相手の心をイメージするようなことです。
でも、これは組織のことなので
自分のできる範囲で、そう思って対応したいと思っています。

そして、子どもたちが前頭前野を発達させていくには
異年齢の集団活動が、有効だということでした。
確かに、私たちでも
似たような環境の知人との、コミュニケーションは楽です。
子どもたちにとって
世代の違うひととのコミュニケーションには
相手の立場に立って、自分とは違う心をイメージする
これがいいと。

そう思えば、子どもでも
周りに気を使える子だな…と思う子は
3世代の大家族で育っていたり、大人の世界で過ごすことが多かったり。
きっと、前頭前野が早くに成熟しているんだと思いました。

裏を返せば
高齢者が、前頭前野の衰えを防ぐには
いつも勝間さんが仰るように、異世代との交流を大切にして
自分の感情を抑制する機能を、使い続けることだと思います。

完成した前頭前野をもっている大人は
大脳辺縁系の活動を抑制できるので、大人なんですが
加齢とともに、確実に衰えていく
前頭前野の働きを保って、若い人と付き合いたい
少なくとも、嫌がられないようにしたい、と思いました。

幸せに年をとる、不自由があれば補うのもあり

昨日「幸せに年をとる」という言葉でイメージしたのは
精神的なことでした。
私が、そういう本を好んで読んでいるからです。

今日「幸せ」と言う言葉に対して
いろいろ切り口があるんだな、と感じると同時に
「私の考え狭いな」と思いました。笑

幸せって、心の中にあると言っても
確かに現実は、お金も健康も必要です。

金融資産の大切さは、若い頃からイメージがもてていましたが
健康資産については、50歳を超えて非常に大切だと実感しています。

加齢や生活習慣によって、一度手放してしまった健康は
当たり前に、戻ってこないものが多いです。

50歳前から、老眼にもなりましたが
だんだんと、聴力が衰えてきていると感じます。

話している内容が、小さな声だと聞き取れないことがあります。
同年代では、ないですが
若い人と話していると、多いです。
今のところは、細部が聞き取りにくいくらいで
支障はないのですが

お年寄りの声が大きいとか、何度も聞き返すとか
そんなイメージに、自分が近づいてきている感覚が
認めたくないですが、現実にあります。

私も、Kindleの聞き流しや、オーディブルが大好きで
ショッピングをしている時や、家庭でも
暇さえあれば、イヤホンをしていることが多いです。

外や家事をしている時に、聴こうと思うと
周囲の音が大きくて、聴こえにくくなって
ついつい、音量を上げてしてしまっています。

それが原因か、どうかはわかりませんが
その辺り、ちょっと調べてみようと思います。

そういう機能って、一度、手放すと
取り戻すのが大変だろうし
この歳になると、戻ってこなくなることが多いので
本当に本当に、大切にしたいと思っています。

時間割引率の問題になりますが
若いころには、イヤホンの音量大きくて
年配者から、同じことを言われても
そんな遠い未来のこと言われても・・・と言う感じで

「だから・・・?」となっていたと思います。

でも、今では死活問題です。

「何か質問された時に、聞き返すのも悪いので」と

年齢が、少し上?、イヤもう少し上の、お姉様方の中には
今は、つけているのがわからないくらいの
高性能の補聴器があるから
高価だけど使っている、という方もおられます。

それも一つだな、と思って聞いていました。

できるだけ、自分の身体を活用したいですが
何か不自由があれば、それを補えばいい。
それも、幸せに年をとる技術だと思いました。