お金に縛られない働き方をめざす

お金に縛られない働き方、目指しています。

息子たちも大きくなったので、一人はまだ浪人ですが
一定、かかるお金のイメージがついてきました。
あと何年だな、と子どもの成長を指折り数えています。

私は、ESBIのEですが
いろいろな方の働き方を見せていただいて
自分でもいろいろ考えてきて思ったことは
Eから全て手を引いてしまわなくてもいいんだ、ということです。

偶然にも、ちょうど昨夜、そんなことを夫と話していました。

60歳過ぎて(65歳定年になったら60歳からは再任用にはならないか…)
再任用で、20時間ほど気楽に働いて
それにプラスして、自分の好きな仕事をするのもいいな…と。

と言うのも、私は今の仕事で好きなところがあります。
マネジメントとか、日々の書類作りなどは
まったく面白くないのですが

年間をとおして、若い人たちの人材育成の部分に携わるのは
とても楽しいし、自分で役立っている感があります。
成長していく様子を見るのも、すごく嬉しいんです。

でも、仕事を辞めてしまうと
そんな場面がなくなってしまうので
20時間は、Eとして働きながら
あとは、自分の好きな分野で細々と仕事を始めてみる…
と言うのが理想的なのかな、と
ちょっとした夢を話していました。あくまでも自分勝手な理想です。

とりあえず、すべて辞めてしまうのはちょと不安なので
少しでもお給料をいただいて、収入を確保しながら
(でも、嫌な仕事だったら辞めてしまえばいいし)
副業ではできない仕事を始めてみたいな。

以前、起業すると収入はミルフィーユ構造だと
教えていただいたことを考えると
そんな感じでいいのかな。

どこかからいただく収入がなくなって、経済的自立するというイメージが
まだ、自分の中にぼやっとしかないので
その具体的なイメージをもっていきたいです。
経済的自立、考えているようで考えていなかったです。

人生でのキャリアを積み上げていく

年寄りのみたいになりますが
歳を重ねたから分かることって多いなと思います。

今は、若い頃とはまったく違う仕事をしていますが
大変だったことの経験は
結局、どの仕事でも共通しているところが多いように思います。
すごく大変だったことや、大きな失敗は
同じようなことで悩んでいる若い人へのアドバイスで生きてきたり
対応策のパターンとして、汎化できたりするので
今となっては、本当に貴重な経験なんだな、と。

今も、自分の仕事の範疇では
仕事の効率化を進めていますが、初めの土台を作るところが大変だなと思います。
それでも、複利が大きいと思うので
コツコツとやっていきます。

私自身の軸は
人との繋がることや、相談されること、人間関係的なところにあると思います。
これは、たまたまどの仕事をやっていても積み上がってくるものだったので
自分の中にノウハウとして残っているんだと
ここ4、5年で感じていたところです。

10年前、41歳で採用された私にとっては
当時、同じ41歳の人の、職場でのキャリアや専門性を比べられたら
まったく足元にも及ばなかったし、自分に自信がありませんでした。
20年ほど遅く入ったんですから、当たり前です。

でも、その頃に一つ年下の同僚が
「色々な職種での経験があるってすごいと思う。
僕は、この世界しか知らないから、外の世界を知っているから
色々な対応ができると思う」
と言ってくれました。

その時には、あまり本気にはしていなかったのですが
慣れない外部との交渉などに、苦手意識をもっていることがわかりました。
以前、営業をやっていた私にとっては、なんてことないことだったのですが
言われてみないとわからないものでした。

そこからは「キャリアって、職場での専門性ではないんだ…」
と思うようになって
少しずつ、自分なりにできることを
やっていけるようになったように思います。
キャリアって、職場での専門性と思われがちですが
今では、人生を通じてのキャリアだな、と思っています。

気持ちが楽な働き方 私の場合

仕事の種類にもよりますので
ちょっと、ピントがずれたような話かも知れないですが…
誰と働くか
それを現実的に、どうすることもできない時は
だいたい、周りの人との考えの方が違うので
しんどいことが多いです。

そういう時には、外へ目を向けて
同じ思いを持った人を、外に探します。
職場は、ちがうけれど
同じような思いを大切にしながら
仕事をしている人がいることを知ったり
さらに、尊敬できるような人に出会うと
心がリフレッシュされます。

それと、目の前の仕事に執着しないこと。
執着という言葉が、ぴったりかどうか
少し、違和感がありますが
仕事を通過点だ、と考えるようになってから
たくさんある仕事の中の一つにしかすぎない、と
思えるようになってきました。
サラリーマンしていても、楽になりました。

ニッチに憧れるけど、それだけでは

今日、気づいたことは
初めから成功するのが当たり前だと
どこかで思っていたことです。
主語が抜けていました。仕事についてです。

だんだんと形を変えながら移行していく…
ということを、改めて認識した感じです。
まだまだ、頭が固いです。

「ニッチ」という言葉には、とても興味があって
言葉の使い方が、少し違っているかも知れないですが
ニッチな隙間で、自分が大きく花咲くというよりは
ニッチな人と、私がつながれる感じに憧れています。

自分で、自分の感覚が少し変わっていると思う分
同じような感覚の人に、何かを提供したいという思いがあります。
でも、これじゃあ、商売にならないか…

まだ、一つのことに決めてしまわずに
頭を柔らかくしていきたいと思います。

自分が得意と思っていること以外にも
人から必要とされることが
もしかしたら、まだあるかも知れないですね。

フェアな世界にちょっと憧れはじめて…

学生の頃を思い出しました。 
成果主義ではなく事務職みたいなのに就きたいな 
と思っていました。 
でも、大卒女子で事務職は、ほぼなかったです。 
 
それで、証券会社の営業職に就くことになりましたが 
全国への転勤のない、一般職だったので 
今考えると、そこでも男女の差は大きかったです。 
 
私が大学を出る頃の時代は、今とは違いますが 
あの頃はまだ、フェアな世界で勝負するというまでの 
考えもなかったです。 
 
今でもまだ、ちょっと怖い気がしますが 
自分の得意や不得意が分かってきたので 
やってみたい気持ちが強くなっていました。 
フェアな世界に憧れるように 
変わってきました。 

歳をとると記憶が美化されてる?

歳をとると、考えることが増えるのかも知れないな
と、最近感じます。
昔のことを良かったこととして
記憶が書き換えられてきているような気もします。

思い起こされることを
自分の中で、あーでもない、こうでもない、と考えながら
昔のことを整理していって開示していくことが
自分にとって、とてもいい作用がある気がしています。
(自己満足ですみません)

働き方からは、ちょっと話はズレるのですが
家族形態と働き方の関係性から思ったことは
母親は「女子は学歴よりも教養を…」という考え方の人で
子育てのほとんどは、母が握っていたので
両親とも同じ考え方だと思い込んでいました。
大人になるまでは、両親が違う考えとは
あまり、気づいていなかったです。

父とはいつも議論をしていました。
でも、考え方を持つこと自体を否定する父親ではなかったんです。
(意見はたくさんいわれます)
友だちに、中学、高校時代の親子関係の話を聞くと
「父親と議論なんて、あり得ないよ」と言われ
議論以前に、意見は聞いてもらえなかったとのことでした。

母親が、子育ての前面に出ていたので
体裁を整えたい家庭ではあったんですが
父親自体が自由人でしたし
子どもの意見も、ひとつの意見として
捉えてはくれていたと感じます。

古い考え方の母親と、効率的、合理的な自由な考え方父親との
家庭だったので、いい具合に両方とも私の中にあります。

職場で、理不尽ことや
権威や不平等がまかり通っているようなことがあると
それに巻かれておこう…なんて、まったく思えないです。
心が縛られるとしんどいので
すぐに、離れてしまうか、つい闘ってしまいます。
(闘うのは、得策ではないですよね)

私が考えていることと、かけ離れていることや
自由な考え方が、できないような中では
生理的にやっていけないところがあるので
そこから離れていく傾向が私にはある、と思いました。

何か起こっている、その時には
うまく言語化できていないですけど
振り返ってみると、自分に合っていないと感じると
だいたい自分から離れて
自分が伸び伸びできるところへ行っていますね。
少し美化されてるかも知れないですが…

定年退職までにしておく大切なことは…

私は、サラリーマンなので
これからの働き方については
いろいろと、思うことがあります。

これから10年かけて
定年退職の年齢が65歳まで引き上げられます。
ただ、60歳以上は同じ仕事をしていても
給料が3割減となります。
59歳でやっていた、同じ仕事を60歳以上でやっても
理由なく、3割減らされる(7割しかもらえない)のは
モチベーションは、上がらないです。(~_~;)

昨年、職場に何名か再任用の方がおられましたが
そのうちの一人の方は
この4月から大学での職に就かれることになりました。
トップダウン型の以前の上司は
それを羨ましがっているように見えました。

私が言うのもなんですが、その方は
すごく仕事ができる、と言われる上司ではなかったと思います。
もちろん、それぞれ上司のレベルはすごく高いのですが
中でも、人をかき分けていくような、トップダウン型の上司
上司のさらに上司のために、働いている感が強い人は
定年退職後に、必要とされる場面が少ない気もします。
(これは、すごい私の主観です)

何が言いたいかというと
最終的に退職後には、仕事はそこそこできているとすると
あとは、人としてどうか…というところが
一番大きな割合を占めているのではないか
と、感じています。