歳とともに 頭が固くならないように

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勝間和代さんによると

加齢に従って段々と頭が固くなってしまうのは、

経験や知識が積み重なることで、どんどんと最適解が増えてしまって

ある意味、過剰適応がありとあらゆるところで起こってしまうから

ではないかと推察しています。

ということです。

私自身は、加齢とともに頭が柔らかくなったと感じています。

柔らかくなったというよりも

「視野を広く持つことができるようになった」という感じです。

歳とともに

「いろいろな経験をとおして視野を広げていくタイプの人」と

「経験をとおして、最適解を深く突き詰めていくタイプの人」

がいるのかな、と感じています。

私のイメージでは

横に広げるか、縦に広げるかという感じですが

どちらが良いということでもないので

他の意見、新しい意見を受け入れられなくならないように

気をつけながら、日々を過ごしていきたいと思っています。

偶然のペア 逆転現象

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今日は、ちょっとしたグチです。

たまたま、急に雨が降ってきた日に
洗濯物が外(屋根付き)に干されていたら

夫は「あー、外に干さんかったらよかった…」

となります。

また
夕食の用意をしていたのに、
息子が夜遅くに帰ってきて「ご飯いらん」と言うと

「別にいいねんで…」と言いながら
「それやったら、余るなあ、作らんかったらよかった…」と

夫はすごく不機嫌になります。
(うちは家事当番制なので、夫の日なら、と言うことです)

でも、天気予報見ても当たらな偶然もあるし
息子も友だちとの付き合いもあるだろうし。


余ったおかずは、明日の朝ご飯にしてもいいし
次男のお弁当にしてもいいし
方法はいろいろあるのに。

そのことが上手くいかなかった一点に集中して
判断するところが、私には理解はできないです。
でも、言っても仕方がないので

(20年のうちに何度もチャレンジはしましたが)
そう言った部分は、ほってあります。

私も人のことは言えないところはありますが

一喜一憂する必要はないですし
モノ事を正解か不正解かでは判断できるものではないと思っています。
起こった状況から、最善を尽くせば何の問題もないのに…

と思いながら

私のこの執着のない性格が、どんどん家庭内で「オッサン化」してきて
それをもとに、夫が余計に口うるさい「オカン化」してきていると
家族では話しています。

息子たちもこの逆転現象は、感じているようです。
と言う話になると
また嬉しそうに夫は「オカン」みたいに張り切ります。

(なんでやねん)

偶然のきっかけ GIVEの5乗

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GIVEの5乗について
日常生活の中から実感は持っていましたが
そういうことなのかととても納得できました。
初めから返礼を目的とせずにGIVEしていきたいと思います。

GIVEの5乗も大事なことは何かというと、はじめから返礼を目的にするのではなく、いつの間にか自然と自分が何かを行なっていると、やはりこれも偶然のきっかけで誰かがたまたまそのことを好ましく思う人がいるという状況が重要です。

ちょっとしたことですが
期限を守ることや、細かいところまで
きっちりと仕事をしてくれる人というのは
信頼のポイントが上がってきます。

仕事としては、やってもやらなくてもいいけれど
という範囲の部分はまさにGIVEで
相手も見返りは求めていないと思いますが
そういったところこそ、人としての評価が高いように思います。
そして、その人を慕う人たちが
偶然集まってくるのを職場でも見かけます。

 

頭を柔らかく

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 先日の投稿で 

「若いときには頭が固かった」

と言うようなことを書きましたが 

 
「トンネルソリューション」 

トンネルソリューションという言葉があります。これは何かと言うと、私たちが、ITやAIのシステムを作る時についついやってしまうのが何かの目的に対して全く無駄を作らず、まるでトンネルの一本道のようにまっすぐとゴールに向かって道を作ってしまうということです。しかし、このようなシステムはたいへん脆弱でして、少しでも目的が変わったり、仕様が変わったりするとあっという間にフリーズしてしまって動かなくなってしまいます。


 
目標に向かってだけを、まっすぐに考えていたように思いました。 
ある意味、完璧主義に近いような考え方で 
スラッグが無かったように思います。 
 
小さい頃から思い込んでいたことは 


「優秀であることが、幸せにつながっている」 


ということです。

だから頑張るみたいな感じでした。 
 
その軸に関しては、社会人になってもありました。 
家族や同じ価値観の人の中では 
なかなかその軸自体を、俯瞰してみることはできないですが 
いろいろな人と出会ったり、経験したりする中で 
そうではないと思うようになりました。 
 
それとは別で、

一見、役に立たないことを 
たくさんしてきましたがそれもまた面白い 
マニアックな世界が好きなんですね。 
 
若い頃、ボートももっていないのに興味があって
小型船舶4級免許を取りました。 
 
先輩が香道を嗜んでおられて、興味があり一度参加してみました。 
茶道にお茶会があるように、お香にもお香の会みたいなのがあって 
京都ならではかも知れないですが、面白かったです。 
 
主婦の時ヒマだったので、司書や司書教諭の免許を取りました。 
 
あと、思い出せないですが
すぐに役立たないことって結構好きです。
若い頃は時間があって、いろいろなところへも行けましたが
結婚してからは、めっきり少なくなってしまってますね。

そういうところは

頭が柔らかかったと思います。

偶然からのいいとこ取り

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私は迷ったら、何か行動をとる方です。 

迷った時や、何かヒマが出来た時で、心に余裕があれば 

新しい世界に飛び込みます。そういったことが好きです。 

そして、その中でのいろいろな偶然に敏感に反応して 

自分の生活に取り込み、新鮮な生活が始まります。 

でも、しばらくすると 

新しい世界で知ったことがルーティーンになって 

毎日、同じ行動をして、それに満足して 

偶然を感じるセンサーが鈍ってきます。 

生活に慣れてくると、そこに落ち着いてしまって、それが心地よくて 

思考を止めて、自動運転になってしまっています。 

私が毎日決まりきった行動だけを取ることについて、警鐘を鳴らし続けているのは、そのことによって、偶然の機会を失い続けるからです。

慣れてしまって、いつの間にか変化を面倒に思っていると 

偶然の機会を失っているということですね。 

どちらかというと普段の生活は、同じパターンの方が好きなので 

出会っていない偶然も結構あるんだろうな、と思います。 

私は本をよく読みますが、読む本は、できるだけランダムに選んでいます。 

ランダムといっても、範囲はKindleUnlimitedに限られていて 

残念ながらそこが、まだ資金力が十分でないところです。 

また、ランダム言うのは、同じ分野や自分の趣味に偏らずに 

私の知らない世界を知りたいと思う気持ちからですが 

知らない分野過ぎて、まったく心に響かないこともあれば、 

まったく分野は違っても、本質は同じなんだと感じることもあり 

読んでみないと分からない、と感じています。 

あと、とりあえずは題名を見て選びますが 

自分が思った内容と違って残念だったり、思ったのと違っていて、逆に良かったりで 

自分がいいなと思う本との出会いは、本当に偶然かなと思っています。 

とにかく、ちょっとずつの「いいとこ取り」でいっています。 

自分のモデルと偶然からの人生 

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自分が必ず幼少期に育った生活レベルを落とさないぐらいの収入を得られるようにする

これは潜在的に、私の中にもあった感覚。

私は、自分のモデルとなる母親が偶然、専業主婦だったので
人生の目標はいつの間にか専業主婦であって
そういった生活ができるように
生活レベルを落とさないくらいの年収を得られるように
という企てをいつの間にか、もっていました。

それは自分が頑張ると言うよりも
「いい人を探すという」昔ながらの考え方です。

当時は「男女雇用機会均等法」施行後ではありましたが
企業での女性の採用の大半は一般職で、私もそうでした。
まだまだ、女性の25歳という年齢が意識されている時代でした。

偶然からのお見合いも、結構しましたが
やっぱり、そこに価値を私はあまり見いだせずに
結局、そういった価値観とまったく違った世界の夫と
29歳で結婚、30歳で出産しました。

でも、母親からの
「共働きで、子育てを疎かにするの?」
「裕福じゃないと専業主婦にはなれないでしょ…」
といった圧力に負けたくなくて

「分相応な生活さえしていれば、専業主婦ぐらいできます」
「あなたよりも、心豊かな家族をつくってみせます」
という強い思いをもって、やってきました。

でも、そこでいろいろな思いが出てきて
子育てや育てられてきた方法に対する疑問など
噴出しますが、今回は置いといて。

それとともに
どこかに属して私も「働きたい」と
強く思うようになりました。

専業主婦は、どこにも属していなくて
特に評価もなくて、今までずっとどこかに属していた私は
属していないことに対して、少し不安な気分になりました。
子育てが評価みたいになって
だから、私の母親は子どもの教養や育ちや学歴を
一番、気にしていたんだ、とも実感しました。

それからは、いろいろな偶然が重なって
今では、20代、30代の頃には考えもしていなかったような
しっかりと自分が働く生活を送っています。

でも、専業主婦になっていなかったら
ここまで、働くことへの強い熱意は湧いてこなかったですし

お見合いもたくさんしたけど、その上で自分で決めたことだから
「もし、あの時代に3高と言われるような人と結婚していたら…」
と本気で後悔することもありません。

ただ「どうなってたんだろうか?」と、人生の選択肢の幅を感じて
夫と笑い話をしていることはあります。


でも「自分が必ず幼少期に育った生活レベルを落とさないぐらいの収入を得られるようにする」
これは結局、人の根底に基準としてあるように思います。
心の奥で、それを目標としてきていたと思いました。


歳をとって思うことは、若い頃は頭が固かったな、ということ。

自分の人生の目標を、自分で決めていいということが
自分で受け入れられれば
そこへ向かってくる、いろいろな偶然も
受け入れられるようになった…

という感じです。
でもこれは、少し分かりにくい表現ですね。

気づかない間に いろいろな偶然が重なって

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気づかない間に 

私は、新しい人に会うことに

注力してきているように思います。 

その中で、仲良くなる人や価値観が合う人は 

1年で1人会えるかどうかです。 

でも、そんな偶然に

時間を割こうと思うのは 

自分では意識をしていなけれど 

プラスになる経験が多いからかも知れないです。 

以前にも、書いたことがあるのですが 

私は「塞翁が馬」という言葉が大好きです。 

本当に、そういった経験があります。

だから、良くないと思うことが起こった時には 

これがどう展開するのかが、楽しみになっています。 

今までの人生で

小さなことも大きなことも、全部含めて 

ちょっとした偶然の重なりから 

考えてもみなかったような展開になる

という経験がある 

と言うより

それに気づいたからだろうと思います。