歳とともに個性が生きるように

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私は「見通し」を持っていないと、いつも不安でした。

だから

30代の時には 「40代からの〇〇」とか

40代になると 「50代女性の〜」といった書籍を読んで

「次のステージでは、こんな風なことが起こるんや…」

となんとなく知ることで、安心していました。

そして、今ですね。

50代に入って60代ってどんな感じだろう?という不安。

仕事もなくなるし、

今までなら、小学校、中学校、大学、社会人…と続いてきたけれど

その次は?

まさに

「その個性に合った仕事が歳とともによりその個性が生きるようになること」

手探りで探しています。

可能性は無限なんですね。

でも

人生100年時代なんて、学生時代には言われてなかったし、急に言われても…」

って思うところもあって

自分が、何歳まで生きるかわからないけど

40年もあるとしたら、なんか・・・

長い。

長すぎる。

と、そこからネガティブな私の妄想が始まってしまいます。

そんなことにならないように

自分にあった、自分が役立てる、歳とともに重みが出るような仕事?

生き方を考え中です。

時代が急に変わってきていて

憧れるような生き方をされている高齢の方って

私には、まだいなくて

見通しを持ちたい私にとっては、不安なところです。

あと、若い時に聴いても響かない言葉でしたが

「 IQ が良いからといって必ずしも成功したり幸せな人生を歩めるとは限らない」

これも、そこそこ歳を重ねると納得できる言葉です。

違いを受け入れるということ

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私は、3世代同居の家庭で育ちました。

生活の中で

祖父母世代から、理不尽なことを言われたり

父母からもいろいろ言われたりしながら、育ってきたのと

両親も私と考え方が、まったく違っていたので

「人は違って当たり前」

という感覚が身についていました。

小学校へ入ると

他の子が違うことをしていたり

変わったことをしていたりすると

それを受け入れられない友だちがいました。

私には、他人との違いを拒否してしまう感覚がなかったので

そういった人もいるんだな、と思いました。

また、職場でも意見が違う人がいると、どこかしら

「その人が、自分を困らせようと思っている」

と考えている人も多いように感じます。

誰かを困らせようと意見を主張している訳ではなくて

自分の思っていることを主張しているだけなのですが

他人と意見が違うことにアレルギーがある人は

どうも敵意として、受け取ってしまうことが多いように思います。

私が、そういった場面に出会った時には

相手の人が主張している意味を、間に入って丁寧に解説してみると

納得してもらえることが多いです。

ただ

その人たちは、自分では他人の行動の解説はできないことが多いので

また、少しすると

同じように対立してしまうような場面になってしまいます。

でも、私も

毎回は、お話してはいられないので

私もだんだんフェイドアウトしてしまいます。

他人との違いを個性として受け入れられると

もっと楽になるのに…

と感じます。

結局、やっぱり楽なのは

同じバックグラウンドの人と話す時です。

それは

いちいち説明しなくても

話が通じるからです。

誰が困っているのか

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息子たちが小さかった頃には、いちいちダメだしをして 

自分もイライラしていましたが 

いろいろな本を読んだり、人からお話を聞きながら 

「誰が困っているのか」 

というところに視点を置くようになりました。 

子どもたちは困っていないので、何も直す気もない 

「私がちゃんとさせたいだけ」で

私が困っているかというと…

イライラして困っているけれど、私自身も片付かない程度で実際は困っていない。 

朝、何回起こしても起きないけれど

結局、最後には私が起こすから、子どもは困らない。 

だから、子どもに困らせる体験をさせる。 

そのために「私が起こさない」という

めちゃくちゃ自分にストレスのかかることをしました。 

一見冷たいようですが、一番難しい、見守りでした。 

長男が小4くらいの頃。

やってみると、なんとか学校に間に合うようには行く。 

自分なりに「これではやばい」という線引きはあるようでした。 

ただ、朝もっとゆっくりと、片付けもやってとか、バタバタせずになんて言い出すと、それは難しいのですが… 

他のことについても同様でした。

だんだんとそれを実践している間に

息子自身が、自分で「やばい」と感じることは、自分でやっていました。 

この辺りから、私は吹っ切れました。

楽になって、息子たちも楽になったと思います。 

だからといって、家の中がめちゃくちゃかというとそうでもなく

あまり変わりません。 

大きく変わったのは、私の気持ちだけだったと思います。 

主体的に、とよく言いますが

それを持たせることって 

生きていく中で、本当に一番大切だと思っています。 

親が、やいやい言って、やらされていても力にはならないと感じています。

息子たち、端から見てどうかは別として

主体的に生きられるようになって、よかったと思っています。

日々いろいろは、ありますけどね

遺伝的要素か環境か?

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生まれながら持っているものなのか 

環境によるものなのかの区別

私には難しいんですが

ストレングスファインダーを見てみると 

やっぱり、もともと持っている力を表しているだと 

改めて感じました。

1位の「回復思考」は 

育った環境かな? もともとなのか?

2位の「内省」は 

小さい頃から、意味のないこともいろいろ考えてましたね。

3位の「学習欲」も 

小さい頃からありましたね。 

知りたいっていう感覚、好奇心です。

4位の「調和生」は? 

環境かな……わからない。

5位の「親密性」は 

子どもの頃から社交辞令は嫌いだったけど 

仲良くなりたい人と思う人とは、すぐに仲良くなっていた。

自分で小さな頃から思い当たるっていうことは 

そうなんだな、と実感できました。 

やっぱり、なんでも考えること好きなんですね。

以前、HSPの診断をネットでやったら 

点数は忘れましたが、HSPでした。

私は大学卒業後に証券会社に勤務し

6年ほど営業職をしていましたが 

とてもしんどかったです。 

ただ、できない訳ではなくて 

頑張ってしまいましたが。

初めて就職した職場だったので

「働くとはこういうものか」

と思って 

自分を納得させていましたが 

そうではないということを 

私の身体が教えてくれました。

社会や職種などをいろいろ知ることで 

今は 

自分の苦手な職種を省いていくという方法で 

より良くなってきていると思います。

でも、苦手な職を離れてみると 

勉強になったことは、たくさんあって 

少しだけ、心も強くなって

それが、ちょっとした自信にもなっていて 

今は、いろんな面で役に立っています。

ストレングスに戻ると 

今の仕事では、回復思考的な考え方の人って 

周りにあまりいなくて 

1位の「回復思考」がとても役に立っています。

ある意味、いつの間にか勝手に 

自分の得意な、そういった場所へと流れていくのだな 

という感じがしています。 

これは、キャリアドリフトですね。

多様性は可能性

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多様性という言葉を 

近年よく耳にするようになりました。 

昭和45年生まれの私が、子ども頃も 

「ふつうが一番良い」とされていたと思います。 

一番良いというよりも 

「目立たないように、無難に」 

という感じが、母親の中に強かったようにも感じます。

金子みすゞさんが

「私と小鳥と鈴と」を書かれたころは 

大正末期から昭和初期であって 

「みんなちがってみんないい」の解釈は

今のイメージではないかも知れないですが

その当時に

個性についての 

考え方をしっかりと発信されていて 

それが、後生に継がれているということを考えると 

表面的には「ふつうがいい」とされていた 

昭和初期の世の中でも 

共感する人たちも多かったのでは?

心の中では、多くの日本人が思っていたことなのかも? 

と思いました。

視点は少し変わりますが 

近年では、東京大学先端科学技術研究センターを中心として 

「DO-IT Japan」や「異才発掘プロジェクトROCKET」という

さまざまな特性をもった子どもたちの

高等教育のための活動が

行われています。

今までの、画一的な教育の中で 

埋もれてしまっていた

子どもたちの 

ふつうではない、飛び抜けた力を伸ばすことで

そういった子どもたちが 

社会進出し、社会のリーダーとなっていく時代が 

来る時も近いんだろうと思っています。

今まで埋もれていた偉才を 

どんどんと見つけて、伸ばしていってほしいです。