寂しいけれど、現実

自分が変化してくことで
周りに対して感じることが変わってくる…
一度、投稿もしましたが
この夏、中学からの友人に会って感じたことです。

だいたい、年に一度会っていた友人とは
気もあっていたし
どちらかと言うと、私よりも行動力もあって
私が主婦をしていた30代頃は
遠いところ、バイクで遊びにも来てくれました。
(彼女も主婦でした)

主婦が、バイクで遊びに来ることも
当時でも、なかなか珍しいことでしたが
やりたいことをやる、そんな彼女の姿が羨ましかったです。

ここ数年、感じることは
やりたいことをやる、ところは変わっていないけれど
自分の人生を、人のせいにしているようなところが
目についてきてしまって、年に1度ですが
彼女の話を聞いているのが、ちょっと辛くなってきました。

ちなみに
彼女は外から見ると羨ましいような生活をしています。

それぞれの人生だから、いいのですが
せっかくの彼女のパワーを
前向きに使ったらいいのにな…と、私は思ってしまいます。
人の考えは、私がどうすることもできないので
寂しい気持ちになりました。

12歳の頃から友だちで、40年経つと
そりゃ、いろいろな違いが出てきますよね・・・
逆に、40年続いてきたことの方がすごいと思っています。

新陳代謝と考えると、ちょっと寂しいので
間隔をあけて付き合っていきたいです。

投稿するとき、いつも頭をよぎっていること

私は気兼ねなく、日記のように投稿していますが
投稿する時に、よぎることはがあります。

ポジティブな体験を書くと自慢してると思われるかな…
ネガティブな体験を書くと、読んでいて嫌になるかな…
そんなことが、もやっと心をよぎりながらの投稿です。

「そんなに、周りの目を気にしてるんだ・・・」とか
「何をウジウジと考えてるの?」とか

自分に対していろいろ思って
でも、書きたいことは書くみたいな感じです。

以前は、思いついて書きたいこととの
このウジウジした葛藤に、時間を費やしていました。

今も、あるにはあるんですが、頭の中でスッと通り過ぎるくらいで
どちらかと言うと、発信しようという力が強くなってきています。
と言っても、そもそも大したこと書いてないのですが。

それでも、こんなことに私の中では、実は
いろんなことが動いてるんです。

色々あるけれど
結局、やりたいからやっている、感じですね。

日常の雑談レベルから投稿まで
思ったことの発信は、ある程度ありますが
(仕事でも、思ったことは意見として言ってしまう)
ちょっとした情報(豆知識系)については、あまり発信していないです。

ひと言で言うと、私の興味が向かなかった・・・それだけです。
人の情報も、読んだり、聞いたりはしてはいるんですけれど
すごく興味があるわけでもないかな、と今思いました。
興味ないんだな、と気づいて納得しました。

話は変わりますが
今日は、朝からショートコースへ行く予定だったのですが
雨なので、シュミレーションゴルフに行ってみることになりました。

私は、ゴルフもまだあまりできない上に
はじめてのことに、とても弱いので
どんなんだろうか?と、不安ですごくドキドキしています。

楽しんできます。

当たり前だけど、見えているものが違う

先日、旅行先で泊まったホテルが

思っていた以上に、駅から遠くて
暑い中、パンプスでコロコロを引いて歩いて15分。
とっても、疲れてしまいました。

荷物を置いて、それから別の場所へ行きたかったのですが
暑い中を、そこからさらに15分
歩く元気が、もうありませんでした。

不本意ながら、タクシーを呼んでもらおうかと考えていたら
同じことを、フロントで尋ねている男性を見つけました。
目的地が同じだったことで、一定の安心感があって
ついつい、話しかけてしまいました。

「○○へ行くんでしたら、私もタクシーを呼ぶので
一緒にタクシーに乗りませんか?」

これは「もったいない」という思いの
セコイ考えから、来たものだとは思いますが…

行き先が同じなら、同業種だろうと
名刺交換をして、関西の方だったので
また、いろいろ情報交換よろしくお願いしますね…
という感じで

タクシーで、現地に到着すると
「仕事で来てるんで、いいです」と代金を支払ってくれました。

本当に、なんとも申し訳なく思いました。
でも、偶然にもつながりを持てたことは
良かったと思っています。

この話を、その日夕食を一緒にとった友人にすると
「よく声かけたね…」と引かれました。

私は、行き先が同じだったし
同じイベントに参加する人だ、と思ったので
(これが大きいです)
何の不安もなかったのです。

でも、そういう問題ではなかったようです。

こんなことは、気軽にできてしまうことだと
思っていましたが
本当にそれぞれ違うんだな、と感じたエピソードでした。

感覚が近い人と巡り合えるように…

私が、日々投稿しているのは
「私は、こんな人間でこんな価値観です」っていうのを
みなさんに伝えて
それでも関わりたいと思ったり、共感してくれたりする人と
繋がっていきたいな、と思っています。

自分では、この歳まで
いろんな思いをこじれさせて、今があるので
ちょっとレアな性格、だと思っているので
共感してもらえると、仲間を見つけた感覚で
嬉しいです。

私の感覚は、それほどメジャーな感覚ではないと思っているので
たくさんの人たちと、つながっていかないと
レアな私を分かってくれる人との出会いが
減ってしまうことも、以前から感じていました。

だから、プライベートでは
そのために、たくさんの人とお話ししている
ようなところもあります。

役に立つとか、将来のことといったことよりも
自分の感覚を共有できる人を探していると考えると
とても、すんなりと入ってきました。
目から鱗に近い感覚です。

経験や価値観が、同じ人とは
最後まで説明しなくても、話が通じることもあって
すごく、過ごしやすいです。
そんな友だちを、さらに増やしていきたいと思いました。

はだかの王様にならないように…

私がいいな、と思う人って
年上であっても、肩書きがいくらすごくても
そういうオーラを、出していないところです。
すごく、親しくお話ししてくれます。

この雰囲気
簡単にマネできるものではないだろう、とは思いますが
私は、そんな風になりたいと思って
じっと、密かに観察しています。
(マネでできるものではないです)

この三連休で、たくさんの人に会う機会がありました。

だいたい、すごいなと思う人は
物腰が柔らかく、謙虚でいて
お話しする時には、敷居が高くなくしてくれますが
違うことには、穏やかに「違う」という意見を
きっちり、と伝えられています。
まさに、アサーティブです。

「自分の偉さをわかってほしい…」オーラが出ている人には
やっぱり、あまり人は近づいてないです。
これは、わかりやすい。

仮に、話している内容が同じであったとしても
不思議なくらい、自分中心の人の話って
入ってこないです。

結局、誰のためにやっているのか、と言うのが
相手に、伝わっているんです…

自分の偉さを伝えたい人は
聞いている人を利用して、自分がいい気分になりたいんですね。
利用しているとは思っていませんでしたが
そう言うことなんだ、とわかりました。

人的資産は、すぐには積み上がらないので
少しずつ積み上げていかないと、と思っています。

そして
50代になると、実際に年下の人が増えてくるので
そんな中で、はだかの王様にならないように…とも
思っています。

あまり、反対意見を言ってくれる人がいなくなってくると
だんだんと、そう言う感覚が麻痺しそうで怖いと思っています。

今まで、はだかの王様を何人か見てきたのと
私自身も「言っても仕方がない」と思う人には言ってこなかったので
そうならないように、要注意です。