人のためになることと、ストレングスと。

いろいろなスキルがある中、ここ1年くらいで
自分は、人間関係のスキルが高いと感じるようになりました。
自分でも薄々感じていたことが、浮き上がってきた感じです。

人間関係がこんがらがって、絡み合っている時に
それを、ほぐしていくことも
ストレングス1位の回復思考からか、まったく苦にはなりません。
逆に、相談されることが嬉しいので
人の強みって、本当にすごいと思います。

今は、まったく主な仕事ではないですが
ボランティアというか、プラスアルファのような形で
相談をしてくる人の話を聞いています。
(これは、直属の上司でない場合がほとんどです)

片手間で、お話を聴くくらいならいいのですが
これを、ビジネスにすると考えると
相応のスキルが、まだまだ足りないので
そのスキル獲得のために、勉強中です。

いろいろなスキルを学びながら
日常で、ちょこっと使ってみて
振り返ったりしています。

学べば学ぶほど、相手のことを深く捉えるようになってきました。

それが、日常的に役に立っていることは
私自身も嬉しいです。
これが、何年後かにちゃんとビジネスという形になるかわからないですが
まずは、自分にスキルを身につけて
選んでもらえるように…と思っています。

50代になって、やりたいことがたくさんあって大変。
これは、嬉しい悲鳴です。(๑>◡<๑)

身体と相談しながら

一応、自分の中では
毎日、コツコツとやることリスト的なものがあります。
でも、「ねばならない」が強かった私なので
そこに必死にならないように
「日によって、できなくてもいい」ということにしています。

どうでもいいことですが
この線引きを、先に自分で作っておくことが
私にとっては、大切なんです。

で、先週は
どこか、体調が良くなかったんです。
外の蒸し暑さと、室内のクーラーの寒さとで
暑いのに身体が冷え切ってしまっていて
たぶん、自律神経がおかしくなったんだと思います。

無理して頑張れば、できないこともないくらいのしんどさです。

今までの私だと、読書や、打ちっぱなしなど
今、週でルーティーンにしていることを
無理してやっていましたが
今回は、無理せず早く寝ました。

週の半分くらいは、そうしました。
それで、少しマシになりました。

毎年のことですが、私は暑さに弱くて
1日の、気温差にも身体がついていけないです。

首を冷やさないことや、身体が冷えたらカイロをすること等の
対策をして、なんとか毎年過ごしていますが
まだまだ、弱いですね…

時間があっても、体力がないと気力も出ないという実感です。

昔から、時間を上手く使わないともったいない
という気持ちが強くて
健康状態を無視しても
詰め込んでいました。

今は、自分を大切にしながら
日々の天引きを、できる範囲で積み上げていく…
が、少しできるようになったと思います。

子どもの頃のモチベーション


 
憧れるような、モデルとなる人がいると 
「あんな風になりたいな…」と

本当に、モチベーションが上がります。 
 
それが、身近な人だったらさらにいいのですが 
なかなか、そういう人がいないです。 
だから、今は想像で
こういう人になりたい的な感覚を、もっています。 

子どもの頃の習いごとが、楽しくなかったのは
先の見通しがなかったのと
個人レッスンと、自己レッスンの繰り返しで
そこに、まったく
モチベーションが上がらなかったんですね…

レッスンで、出来ていないところを指摘されるのは
当たり前ですし
子どもの頃は、それが普通だと思っていました。

もし、そこにモチベーションになるものがあれば
何か変わっていた…かも知れない
と思うことがあります。

でも、小さな子どもの、モチベーション
やる気を出させるのって
褒美で釣っても、知れているので
本当に、意外と大変で

やっぱり、いろんなことを見たり聞いたりして
自分の内面から、湧き出てくるものが
一番なんだろうな、と思っています。
当たり前ですね。

ホームポジション 基礎基本

私は、小さい頃からピアノをやっていたにもかかわらず
指使いを適当にやっていました。

習っていた先生も甘かったので
自分で弾きやすいような指使いで弾いていました。

ご存知ない方もおられるかと思いますが
ピアノって、曲を弾くときに
基本的に、どの鍵盤をどの指で叩くといいという
指使いが示されています。

「その指使いを使った方が、弾きやすいよ…」
という意味で
ややこしい箇所に記されていることが多いのですが。

子どもの頃の私は
ことごとく、弾きやすいように弾いていました。
そんなことをしていると
いつの間にか、薬指を避けるようになってしまっていました。

小さい頃はそれでもよかったのですが
時が経つにつれて
難しい曲になってくると、その指使いを使わないといけない時には
普段からやっていない分、無意識ではできないので
すごく大変で
「初めから、ちゃんとした指使いをやっていればな…」と
中学生、高校生で何度も思いました。

当時の、すごくイタイ思いから
新しく何かを習得する時には
「基礎基本をしっかりと身に着ける」
特に、フォーム的なものを身に着ける時には
「我流でやらない」という考えが染み入っています。

昔々、ワープロを習いに行った時に
ホームポジションを習って
それからは、ホームポジションどおりに使っています。
私にとっては、ピアノの指使いのリベンジです。

基礎基本って、はじめはすごく面倒で
我流でやった方が上手くできたり
早かったりすることが、あるんですが
長く続けていくと、はじめについてしまった変な癖が
ネックになってしまって
そこから、出られなくなってしまいます。
一定以上には、ならない感覚があります。

初めって、本当に大切だと思います。

無意識でできるようになる、自動運転

無意識でできるようになる、ということが
本当に難しいです。

練習をしていると
いつの間にか無意識で対応できるように
なっていることは、たくさんあります。

思い起こせば、車の運転はまさにそうで
実家は、交通の便のいいところにあったので
両親とも車の免許はもっているにもかかわらず
運転をしていませんでした。

長女の私が20代で、免許を取った時に
実家では、はじめての自家用車がわが家にきて
家族には、教えてもらえる人もいない中
一人でちょこちょこと練習をしたことを
思い出しました。

何もかもが怖い中、運転していると
いつの間にか、無意識で運転できるようになり
片田舎に引っ越してからは
毎日運転しているので
(そして勤務先も遠かったので)
今では、本当に無意識で運転しています。

でも、知らないところに行くと
無意識では運転できないので
すごく、緊張してしまいます。

運転は、車の操作のみですが
この春はじめた、ゴルフでは
身体の動きを、身体が覚えることが
すごく大変です。
意味も分かるし、動画で見て自分とプロの違いもわかるのですが
それを私の身体が、動きとして覚えられない…

たまに「できた!」と思える感覚がありますが
その感覚を、次に再現できないので
まだ、脳の中の回路が出来上がっていない…
と感じる日々です。

でも、その辺りは経験から
いつかできるようになる、と楽観的に感じていて
「できた」という感覚を
いつでも再現できるようになりたい、思っています。

身体の動きが、無意識につながっていくことには
歳とともに、プラスアルファの時間がかかると思いますが
いつかつながる、という確信があるのは
今までの経験からでしょうか。
そこが、私がコツコツ続けられる原動力だと思います。

無意識でできるようになることを
稲盛和夫さんは、自動運転とおっしゃっていました。
また、偉大な人が逝ってしまわれました。
ご冥福をお祈りします。

段階ごとに、だんだんと

毎日、思ったことを書くようになって
自分が、何を考えているのか
自分で、わかるようになってきました。

自分で、考えていることって
自分でわかっているようで、そうでもない。
(と気づきました)

アウトプットして、はじめて
自分の思いに気づくことが、私はあります。

それと、インプットしたことに関して
アウトプットして…を続けることで
頭が、クリアになってきました。

たぶん、今までは
インプットばっかりだったので
知ってはいるけれど
頭の中で、いろいろな事がらが
こんがらがっていたようにも感じます。

考えるスピードが早くなったような気もしますが
まだまだ、文章を書く方が楽です。
それは、こういう内容を口頭で話していないからだと思います。

それと、内容に偏りがあるので
もう少し、違った視点ももてるようにしたいと
思っているところです。
でも、これは私の思いなので偏っててもいいかとも
思っています。

音声入力も含めて
これを、口頭で話すのはまだ次の段階です…
(聴かれるのも嫌だし)
次の段階が、たくさんあります。笑

やる気があれば、さらにいい

私の投稿によく登場する
小さな頃の習い事ですが
コツコツ続けることだけで
そこそこの成果が出ることは
体験しています。

毎日の、嫌な練習も含めてですが
習いごとに、やる気のなかった私でも
そこそこ、できていたことで
継続することで、積み上げられるものの大きさは
実感していました。
ひたすら練習のみ…
ここに、楽しみがあれば
また、違ったんだろうと思います。

自分が子どもの頃には
やらされ感しかなく、楽しくなく
自分でも、嫌だったのですが

親となると、考え方は変わって
それだけのことで、身に着くのだから
子どもに、つけさせたいスキルを習わせていました。

小学校へ行った時に、文字が書ける方が楽
計算が、簡単にできる方が楽だろうと思って
保育園の頃から
遊び感覚で「硬筆」や「そろばん」に通わせました。
自分には、なかったものです。

私のねらいだった、入学当初のまごつきもなく
算数も、親が教えなくても楽に進みました。

私自身が、親に習い事を強要されていて
やめさせてもらえなかった経験から
息子たちが「やめたい」と言うと
習いごとを、終了したので

小さい頃計算が得意だった…
1年生の時に元気のよさで、書道の賞を取った…
くらいで、それ以上のスキルにはならなかったです。
ま、親のねらいは達成です。

これが、自分のやる気とリンクしていけば
すごく伸びるんだろうな、と思っています。

子どもの頃と違って
何に対しても、やる気があります。