楽しく主体性をあげる

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「普段の生活は苦しくて我慢をするのが当たり前」

子どもの頃は、ありました。

苦しいと感じることを
人にやらされているものから、生まれてくるものへは
なかなか達成感がないです。

高校生の頃から、それに違和感をもったので
そこからは、少し考え方を変えましたが

でも、苦しい経験からの結果が
自分が思った以上に、素晴らしく良いものだったら
まれに、苦しいものと達成感がつながることがあります。

これは、その人にとってコツコツ苦しくても頑張れることになると思います。

私がそうなんですが
これはこれで
自分で一定の我慢(?)制限をして頑張ることで
その後の成果を得たり、達成感を得たりすることが
その人にとっての、ゲーム性をもったものになる思っています。

ただ、多くの場合は、楽しい方がモチベーションややる気が上がり
自分の中から出てくるものが大きいので
子育ての中での、主体性が出るというのは
みんながわかりやすく、幸せな感じですね。

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ゲーム性について、全体のバランスを考えてみると…

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コツコツ好きな私にとっては

時間割引率とゲーミフィケーション
隣合わさっている感じを、もっていました。

私の中では

コツコツやること自体にゲーム性を持っていると感じているので

食べるものや肌などの健康に関することや

ブログやTwitterもそのひとつです。

チリも積もれば山となるという感じで

これを毎日続けたら、とか貯めたら

1年後には…10年後には…と想像しています。

でも、挫折することもあります。

ただ、ゲーム性を持ったものが
それぞれに独立しているように、考えていました。

「複数のゲームを上手に組み合わせながら、いかにその全体のバランスを取っていくかということについて…」

今まで、それなりには全体として存在していたと思いますが

全体としてのバランスについては
意識して、考えたことがなかったです。

そのアンバランスさが
また、私らしさだったのかも知れないですが

全体のバランスを考えて、一体感をもって
それぞれのゲーム性を見てみると
何が見えるのかわからないですが
また違ったものが見えてくるのかな、と思いました。

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仲間がいないゲームはまず続かない 当たり前へのフィードバック

f:id:juneberry-miyatomo:20210108210636j:plain 息子や仲間とのやり取りの中で 

私が一番大切だなと思っていることは 
フィードバックです。 
 
もちろん、プラス面でのフィードバックもそうですが 
「あのやり方、ちょっと違うのに…」 
と、ちょっとしたことを放っておくよりも 
違うと言うことをフィードバック(?) 
返してあげる方がいいと思っています。 
 
私が日常の中で、意外と忘れてしまうというか 
スルーしてしまうことが 
普通より、少し良いことへのフィードバックです。 
 
上手くできているので 
あえて言うほどでもない、というレベルって 
自分もそうなんですが 
思っているよりも、本人は頑張っていることが多くて 
フィードバックを返されると、私は嬉しいです。 
 
自分が何かしたことに対しての反応が返ってくるというのは 
何かしらの刺激になると思っています。 
まれに、嬉しくない人もいるかもしれませんが 
周りの人が、それを評価していることを 
知ってもらえると思っています。 
 
あまり関わっていない人から、思いがけず 
プラスのフィードバックを返してもらえると 
私は嬉しくなるので 
できるだけ「いいな」と思ったことは 
伝えるようにはしています。 
でも、それは私に余裕があるとき、かも知れません。 

若干、ニュアンスは異なるかも知れませんが

仲間を作っていくことを、私の周りでは、稲森和夫先生をマネて、渦を作ると言っています。

少し渦ができてくると、特に意見のない人も渦に加わって

さらに大きな渦になっていくのを体験したことがあります。

だから、 仲間という存在が目標に向かっていく大きな力になることは

私はとても理解できます。

継続にはフィードバックと報酬が必要だけど、まったく逆だった時代 ゲーミフィケーション

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「継続には必ずフィードバックと報酬が必要」と聞いて 

新卒の時、証券会社で営業時代を思い出しました。 
 
バブルがはじけた直後で 
まだ持ち直すのではないかとみんなが淡い期待を抱いていた 
90年代前半のことです。 
 
新卒でしたので 
社会の厳しさはこんなもんだ 
と思い込んでいましたが 
今考えると 
軒並みほとんどの証券会社は赤字続きの中 
ボーナスが少ないのは当たり前だと言われ 
モチベーションや、やる気は下がっていくばかりでした。 
 
そんな中 
顧客が入社前に購入した商品が 
値下がりしていることに対しての叱責を受ける日々に 
「自分は悪いことをしているのではないか?」と 
社会貢献という言葉からは、かけ離れたところに気持ちがありました。 
 
ただ、その中でもスコアリングだけはあり、ノルマはある… 
ということがエンドレスで続いて 
モチベーションはとても下がっていました。 
6年勤めましたが、精神的に辛かったな…と思い出しました。 
 
ゲーミフィケーションの 
マイナス面が、すべてそろっていたのではないだろうか 
と思ってしまいました。 
 
戦後からずっと右肩上がりだった景気が急に傾いて 
経験したことのない事態に 
当時の管理職の方々も、どうしたらよいのか分からず 
やり方を変えずに突き進んでいたような頃でした。 
 
その当時の同期や、先輩、後輩とは 
厳しい中を一緒に生きてきた絆からか 
今でもつながっています。 
 
少し話は変わりますが、 
来年より年賀状による年始の挨拶を控えるとお伝えしました。 
ちょっと、ドキドキしたのですが 
結果、たくさんの人とSNSでつながることができました。 
 
年1回の年賀状だけの人もいたので 
どうかな?と思っていましたが 
そういう人からはだいたいラインやFacebook、 
メールで連絡をもらえました。 
電話をかけてくれた人もいました。 
 
小学3年生で転校した友だちで 
ずーっと年賀状だけはやりとりしていた友だちとも 
(お互いがマメだったんでしょうね) 
SNSでつながることができました。 
 
年賀状は年賀状としてよかったのですが 
子どもが大きくなった今になって 
とても実のあるつながりを持てたと感じました。 
 
今日の内容は、1月4日の投稿がぴったりだったかも、と感じています。 

juneberry-miyatomo.hatenablog.com

私のワクワク感って… ゲーミフィケーション

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私の中でのワクワク感って 

何だろうって考えました。

ゲーミフィケーションで、ワクワクさせる要素として私にあるのは
達成感と、新しい好奇心の刺激と、得意だということへの優越です。
社交的で無いわけではありませんが
私のゲーミフィケーションに限ってはあまり
周りとの社交は入らないように思いました。

自分の中で、コツコツと積み上がっていくことが
私の中では、ワクワク感をそそるモノだと気づきました。
子どもの頃に、貯金箱にお小遣いを貯めていくような感じで
いつの間にか積み上がっていく
そんな要素がワクワクして、好きですね。

自分の中で完結しているのが好き、なのかも知れないです。

以前にも投稿しましたが
聴覚優位だというところを活かして
中学生時代から、プラスαの勉強としては
だいたいは、耳で聞く教材を自分で録音して
聞き流していました。

私にとっては、活字を読むよりも
楽に頭に入ってくるので、自然と選んでいたようです。

これはワクワクと言うところまではいきませんが
楽にするための工夫という感じです。
それが今では、Kindleの耳読となって
毎日の読書を支えています。

私にとっては
「読み上げてくれるなんて、とてもいい時代がきたな」
という感じです。

 

ゲームの要素を日常生活の中で…私の場合は「早く、早く」

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私は、ゲームは夢中にならないのですが

日常生活の中のことを、ゲーム的にこなすことは好きです。

特に、時間に関すること。

「何分までに〇〇を片付ける」とか
「〇分でできるか」など。

そういったことを自分の中で決めてから
取り掛かることが多いです。

だから、意味はないのですが
「早いねー。」は

私の中での、最上級の褒め言葉です。

自分の中で競うことは、好きです。

自分でも、変わっていると思っていますが

仕事から帰って
部屋がちらかっているとか
シンクに食べ終わった食器がたくさん置かれているのは
モチベーション上がります。

夫は、散らかっていると
とても不機嫌になるので
以前「こーゆー風に考えてみたら?」

と提案しましたが
あまり理解してもらえませんでした。

それが、普通だと思います。

たぶん
小さい頃は何をするのも遅くて
「早く、早く」

と言われ続けて
なんか、こう言うことになったと思っています。

そうした方が楽しいって♪ ゲーミフィケーションを味方につける

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ゲーミフィケーションという言葉を
今まで、聞いたことがありませんでしたが
上手にこなしている女性が思いあたりました。

体育会系の同期採用の女性です。
私より、少し年上なので、仲がいいです。
だいたいの仕事をゲームのように捉えている人です。

彼女は周りの人に対して
仕事上での一体感を持たせたり
モチベーションをあげたり
人の中に渦をつくったりするのが
とても上手です。

今は、どうか知らないですが
私たちが就職活動をしていた90年代前半頃は、よく
「 体育会系の人は強い」
と言われていたことを思い出しました。

その当時は、その意味がまったくわからなかったのですが

彼女を見ていて
組織の目標に向かって、進んでいくと言うことに対して
スタンドプレイではなくて、チームプレイで
周りの人を巻き込みながら
一緒に成果を上げていくということが
とても上手いと言うこと

それが体育会系の引っ張られていた理由なのかな

と、自分の中で勝手に納得しました。
(本当の理由は知りませんし、そうでない体育会系の人もたくさん知っています)

ただ、ちょっと寂しいと感じることが
仲のいい私や周りの人も、コマとされているのでは・・・?
と感じることがあるところです。

でも、サイコパスのような次元のひどいことは、まったくないです。
私が寂しいと感じる程度です。

私は、どうしてか競争は苦手というか
ゲーム要素があると、楽しむよりも
「ねばならない」となってしまうので
心の中でのプレッシャーが半端なくなっていました。

だけど、 私は40代の間、彼女のそばでいろいろ学んで
今転勤先では、自分風にカスタマイズして、彼女をマネしています。

それは、友人がやっていることは大体できるという
「殻を破る」ところにも通じていると気づきました。
知らない間にも、ちょっとずつ殻を破っているみたいですね。

彼女のゲーム感覚に感化されて
私もずいぶん変わってきました。

何をやる時にも彼女の口癖は

「そうした方が楽しいやん♪」  です。

関わる人たちに、楽しいと思ってもらえたら
やる気が出てきて、成功するということを
よく知っているのだと思います。
ついでに、型を破る新しいもの好きでもあります。
そんな彼女ですから、もちろん出世も早かったです。

いいお見本がいることを改めて気づかせてもらいました。