不思議、非言語情報であらわれるもの

不思議に思っていること。

講演会などでは
司会の台本ってあると思うのですが
それなのに、司会の人の人柄って感じられるよな…
と思っていました。

以前、友人とこの不思議について
話していました。

本当に司会の人が
「資料の確認をさせていただきます」とか
「定刻になりましたので…」とか
本当に、お決まりのセリフを言っただけでも

その言葉の裏に
(来てくれてありがとうございます)
という思いを感じられる時と

(なんか、私たち、上から指示されている…)
と感じられる時とがあって

なんで同じようなセリフなのに、これほど違って感じられるのかなと
すごく、不思議に感じていました。
きっと、非言語情報なんでしょうね。

あと
私が、声に関して過敏に反応しているだけかも知れないですが
声の存在は、とても大きいと個人的には思っています。

20年くらい前に行った講演会で、司会をされていた4、50代の女性の声が
びっくりするくらい、、、
言葉が浮かばないですが
強いて、大きな意味で言えば「やさしい」かな。

ある団体が、有名な大学の先生をお招きしての子育て系の講演会でしたが
その司会の方は、司会のプロではなく
その団体の普通の人でした。

包み込まれているような感覚があって
その人のことは、私はまったく知らないですが
その人柄が、滲み出てきているような感じでした。
その時に、声ってスゴい・・・と思いました。
(たぶん、思ったのは私だけですが)

もう一人
ある学校の入学式の司会をされていた男性の副校長先生が
「ただいまより…」と式を始められたのですが
その声が、またやさしい。

学校って、ピシッと、偉そうに初めそうなところがあるのですが
聞いていて、これもまた包み込まれているような感覚。

もしかしたら私は、非言語情報を
人の声に、たくさん感じてしまうのかも知れないです。

でも、非言語情報こそがその人の本音だと思っています。
だから、自分も気をつけないと
いろいろな非言語に、本音がたくさん出ていると思います。

ここだけの話ですが…

人前で、話をすることがあると
意識が、こちらの話に向いている時には
本当に聞いている人の顔が上がっているのでわかります。

人って、本当に聞きたい話が出てくると
前のめりと言う言葉を使いますが
その人の目を見て、話を聴きたいと思うようです。

私のそういう経験の多くは
残念ながら、話の道筋から少し逸れて
余談や、自分の思いを話す時に、みんなの顔が上がります。
あと「ここだけの話ですが…」というフレーズ。

あと、ストーリーにしてお話しする中で
自分のキャラを、どう出すかを考えます。

私の場合、キャラってそれほどないのですが
私の目指しているところは
「この人話せるのかな…」くらいの印象から入って
「なんか、フワッとして普通の話だったけどわかりやすくて残っている…」
みたいなところです。
私に対しては
「あの人誰だったっけ?」くらいで印象にあればいいと思っています。
どちらかというと、話が残ることの方を優先に考えています。

同じ話をしても
難しい言葉を使ってスゴそうに話して、自分を上げたい人もいますが
私はあまり、スゴい話風に話したくなくて
地味で、あくまでもシンプルに普通の話みたいなのに、なんか違う…的な
実感でわかりやすいと思ってもらえるといいな、と。

実は、以前から職場では目論んでいて
まぁまぁ成功しているんではないかな、と思っています。

こんな話は、誰にもしたことないですが
ホントに、これはここだけの話です。σ(^_^;)

抽象は「なぜ、なんのために」だと思う

以前、とても驚いたこと。
それまでは具体的であることが、わかりやすいと思い込んでいたのですが
そういうことではないんだ…とわかったことです。

今、私の中では
抽象的なものは本質で、身近なことが具体的だと
なっていて
抽象的と具体的とを、行ったり来たりしながら
理解できてくると、自分でも実感できます。

具体と抽象を考える時に
いつも思い起こしてみると、わかりやすい人のお話は
例え話が、たくさん出てきて
とても身近に感じられていたから、わかりやすかったんだな、と。

職場で、困っていることを話にくる人たちは
だいたいの内容が、すごく具体的な内容です。

それで、少し抽象的な本質の話をしてみると
ストンと落ちてくれることが多いです。
毎日の仕事の中で、目の前の仕事や人間関係に
フォーカスされすぎてしまって

残念ながら、そもそも
「なぜ、なんのために」それをやっているのかの
本質が抜けている、忘れている感じです。

でも、その本質に気づいてくれると
具体的な不満話からは、少し視点が変わっていく感じがします。
それでも、話が延々と続く人は
ただ、話を聴いてほしいだけなんだな、という感じです。

それと、日常で具体的な部分でガラパゴス化してしまった業務が
ふと、抽象的な視点で見てみると
本質から逸れていて、あまり意味のない業務だったりします。
(個人的には、そういった業務を減らしていきたいです)
日々、具体的な視点でばかり見ていると
見えなくなっているものが、あったりします。

ちょっとわかりにくい話になりました…

いつも、伝え切ることを意識しながら

相手に対して話をする時には
それが、一人でも大人数でも
伝え切ることを意識しています。

伝えるだけでは、流されてしまうので
せっかく話した内容が
なかったことになってしまうことがあります。

伝え切って、動いてもらう。
理想ですが、そうでないと
何のために話しているのかわからないです。
これは、仕事に限ったことです。

プライベートでも、わかってほしい相手に対しては
分かりやすく話しますが
意外な盲点もあって
自分が普通だと思っている
基礎の土台の部分が、違うことで
想定外にまったく、通じなかったり
自分の予想していなかった反応だったりして
ガッカリすることもあります。

家で、息子たちと話すときも
意見が食い違って、言い合いになることもあります。
でも、ちゃんと伝わった上で
意見が違うのは、まったく問題なしです。

伝わっていなかったり
誤解があったりするのは
どこまでも、食い下がって
伝えようとしてしまいます。

私が、新卒で営業をやっていた頃は
投資信託などの商品説明のロールプレイングを
何度もさせられました。

学生上がりで
4,50代の人(個人投資家は4,50代以上のおじさんが多かった)
とはあまりお話ししたことのない
私たちにとっては
ロールプレイングで、言い回しを学んだり
クレームの予行演習ができたりと
勉強になりました。(その時は嫌でしたが)

商品の知識も必要ですが
正確に伝えながらも
相手が、イメージできるように話さないと
正しいことを伝えていても
納得はしてもらえないし
数字にもつながらなかったですね…

いくつになっても
人前で、話してみるというのは
良くも悪くも、いろいろなフィードバックがあって
自分を振り返ることができるので
(ショックを受けて反省していること多いですが)
やっぱり、勉強になります。