投稿しない日の線引きを数値化しないと…

どうでもいい話ですが…
私は、頑張りすぎる方で「ねばならない」が強いので
頑張りすぎないようにとか、8割主義なんかから考えて
仕事が遅かったり、自分がしんどいと感じる時には
投稿しなくてもいい
というルールを自分で作って書かない日もあるのですが

この線引きが数値化されていないので
ここ2日、お休みしていましたが
このままでは、自分に負けてしまって(?)
ずるずると書かなくなりそうだ、と危機感を感じました。
そして忙しいや、しんどい…は、私の日常だとわかりました。
やっぱり時間リッチじゃない
それはそれで、課題ですね。笑

線引きを、もうちょっと数値化しないと
感覚だけになってしまって
また、私が迷ってモヤモヤしてしまいます…

自分の感覚に蓋をしてしまうクセをやめていきたい

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「がんばってきた」からと言って
他の人ととても違う人生だと言うわけでもなく
何が違うんだろうか、と思いますね。
そして、がんばりすぎて
自分の疲労を感じなく、麻痺させるクセがついています。

私は大きなストレスがあると
だいたい食べたくなくなって、痩せてしまいます。
ストレスのある時は、本当にすぐに体重が落ちて
でも、自分では気づかなくて人から「痩せた?」と言われてしまいます。
40代に入ったばかり頃は、あまり気にしなかったのです。
(そしてストレスがなくなると普通に戻るので)

歳を重ねていくと、痩せると貧相に見えてしまうし
やつれているように見えて、痛々しいと思って
(これも他人の目ですが…)
気をつけて、無理にでもカロリーのあるものを食べていました。

本当に、自分の心や身体を大切にしてこなかったんだと思います。

ちなみに、今は大きなストレスはなく
私の普通よりは、太りつつある時期です。(それはそれで別の問題が…)

「がんばる」をやっていると、家庭でも職場でも
とりあえずは、そこそこの結果が出るので
その方法が、悪いとは思えず
逆に、周りの人もがんばっているんだと
思っていました。
そして、周りの人が心配してかけてくれる声は
社交辞令だろうと、スルーしていました。

昨日、一昨日の投稿にもあるように
そういったことに鈍感なのは
本当に自分の感情に、蓋をしてきたんだと思います。

子どもの頃から
がんばらなくてもできたことって、何かあったと思いますが
そこには、まったくライトを当ててこなかったような
気がしました。

そう言えば文章を書くことも、それから…
色々思い出してみたいな、と思います。

それと「周りの人の言葉を受け入れる」かな。
夫も含めて私の周りは結構、私の「がんばり」に対して心配して声をかけてくれる人がいましたが、まったくスルーしていました。

そんな言葉はスルーしているのに、母に言われた「がんばりや」という言葉はスルーしていませんでした。

逆ですね。ま、ブレインロックだと、よくわかりました。

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気持ちは有限、意思では生産性は上がらない

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投稿する内容はまだ音声入力していないですが

音声入力は、とても生産性が高いと感じています。

ただ、音声入力は周りの人の状況を気にしないといけないので
どこでもできるわけではない、というところが
私が、職場でも家でも応用できていない理由です。

それでも、周りに迷惑にならない場所では
音声入力を使うことがあります。

音声入力を使うと
普段、無意識にもキーボード操作に気を取られて
言いたいことが全部アウトプットできていない…と気づきます。

普段と同じ状況でキーボードに触らずに
思っていることをつぶやくと
文字では表せないものが、出てくることがあります。

と言っている今日も普段のルーティーンで、キーボードで打っていますが
休み日の朝くらいは、音声入力でやってみます。
まとまりはないけれど、その方が早く書けると思います。
きっと生産性は上がります。

言われてみると今まで、 必要以上には生産性を考えていなかったのは
自分のがんばりは、意志の力で無限に続けられると
思っていたからです。
今までノーマークだった時間も気持ちも、有限だと考えると
その配分には 慎重になるな…と思いました。

入塾してから、やりたいことがたくさん出てきたのですが
50代の私にとっては
時間に限りがあることを痛感していたことを
思い出しました。

でも、時間には分かりやすく限りがあるので
その時間内でどうするか、を中心に考えていくと
「がんばらずにどうやって行こうかな…」と
イメージできたような気がしました。

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結構、敏感な私が実は鈍感なところとは

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先日たまたま、アンガーマネジメントの本を読みました。 
以前も読んだことがあるので 
あまり深く考えて、本を選んではなかったです。 
 
でも、読んでいるうちに 
今までずっと、心理的な面や、環境面から考えていた母との関係を 
自分のアンガーマネジメントでどうにかできるのではないか… 
と思えてきました。
私は、なんて言ったかは忘れましたが
根に持つタイプらしいので、この状態に納得できました。
今後に、期待です。 
 
私は、やっぱりがんばっていることが多く 
夫からは、無理をしているように見えるようです。 
だからよく「そんなにがんばらんでいいよ」と言われますが 
夫は、本当にがんばらない人なので 
(↑悪い意味ではないのですが、正反対のマイペースで) 
そう言われると、申し訳ないけれどイラッとしてしまいます。 
 
でも、夫の言っていることもあっていて 
私は、疲れに鈍感、さらに空腹にも鈍感なので 
自分でもよくないな、とは思っています。 
だいたい、行き着くところまで行ってしまうような勢いです。 
(若い頃はつぶれていました) 
 
今の生活の中に、自由な時間はほぼないのですが 
その中でも投稿などは、今すぐに成果が出ないけど大切な2割の活動だと 
私は考えて、1時間ほど割いています。 
でも、夫の理解は得られず、そういったことに対して 
「がんばりすぎ」と言われてしまうことに 
イラッとして、ガッカリします。 
 
私って夫にイラッとしていますね。

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がんばらないは、気が楽なことかも

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今週、がんばらないことを考えていると
ますます「がんばるって何だろう」って
思えてきました。

日常的には、「がんばった」「がんばって」など
頻繁に、使われている言葉ですが
みんな、どんな意味で使っているんだろうか…
と、不思議になってきました。
(私も日常的に普通には使っています)

「がんばる」ことの裏には
不安や、焦りがあるというのは
とても的を射ていると思いましたし
逆に言うと、確かに不安や焦りが無いときには
特にがんばらなくても、普通にやっています。

だから「がんばる」の正体は自分の不安や焦りだったのかと
とても納得できました。

「がんばる」っていう言葉からは
期間をきめて注力するようなイメージや
一定の水準を目指していくような
ちょっと強制的なイメージがあるのですが

日常生活の中に落とし込んで、平準化することで
自然と達成できるということにたどり着ければ
それが理想なのかも、と感じました。

昨年夏ごろ、サポメを書き始めてから
1年と少し経ちますが
最近は、あまりがんばって書かないように
なってきました。

今までは、何を書こうかと、書く内容を考えてメモしないと
書けなかった(そうしたルーチンでやっていた)んですが
適当に課題から考えて
がんばらず、気負わずに書くようになりました。

どちらにしても、私が考えていることなので
内容的には、それほど変わっていないと思いますが
一番変わったことは
投稿に対して気が楽になったところです。

なんか、がんばらないっていう大元は
「気が楽」ということかも知れないな、と感じています。

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プレゼンと人前とは、似て非なるもの

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私は人前が苦手で、それに大きな声で話すのも苦手なので 

プレゼンテーションは苦手でした。
と言うよりも、苦手だと思い込んでいました。

でも、10年くらい前に
どうしても、人前で話さないといけなくて
パワーポイントで話してみると
意外に、できたんです。

よくよく考えてみると、文章を考えることは
それほど、苦手ではなかったので
内容を、文章でまず考えて
それから、パワーポイントをつくって説明すると
よく伝わりました。

アドリブで話すのは、苦手ですが
決まっている内容を話すのは、特に問題なかったんです。

そして、気にしていた「声が小さい」こと。
でも、今どき大きな声で話す場面は少ないです。

小学校の頃は教室で「聞こえませーん」と言われて
イヤな思い出があったんですが
今は、だいたいマイクがあって
声の大きさは、全然問題ではないですね。

そうこうしているうちに
パワーポイントが、紙芝居のように思えてきました。
今は、やることさえ決まっていれば
がんばることもなくなりました。

厳密に言うと、人前で話すことが苦手
というわけではなかったんですね。

あと、気づいたことは
思いを伝えることは、比較的得意なんです。
がんばらずにできます。
だから、会議でも意見はできます。

何が苦手って
ふってわいた事務連絡が、一番苦手です。
特に思いもないので
どう言ったら、わかりやすいのかとか
どの順番で話せばいいのかとか
どうでもいいことですが、深く考えすぎて…
これは、それほど重要ではないのですが
がんばらないと、できないです。

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がんばっているウサギはいない

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がんばっているネコや
がんばっているうさぎは、いませんね。
面白い。

そう言う生き方、自分に必要だなと思います。

恒星世界仮説はファンタジーだと
言われてみれば理解は、できているのですが
報われてほしい…
と思う気持ちも、まだ全部は捨てきれていませんね…

自分には、適切なトレーニング、適切な平準化を
と考えられます。

若干方向が違うところで、一心に
がんばっている人を見ると

何か、アドバイスできるような立場でもなく
なかなか、言えないこともあって

なんの責任もない立場から
「報われてほしいな」
なんて思ったりもしています。

今日は「がんばっているうさぎはいない」
と言うイメージが
私の頭の中に加わりました。
大切にします。

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「がんばる」ってどういうことかな…

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今日は、がんばるって何だろうって思いました

今まで、がんばってきたことは
がんばったのではなくて
積み上げてきた蓄積なのかな、と感じました。

私の母はよく「頑張りや」と言います。
何かの話をした最後の締めくくりや
別れ際、息子たちへのメッセージにも必ず 


「がんばってください」 だとか
「がんばっていますか?」 から始まったりします。

私は、その言葉にイヤな感じをもっていました。
何か、私ががんばっていない
みたいな感じを受けているのか、自分でもよくわからないですが
言われて嬉しいことばではないです。
母はきっと、がんばり教の信者だと思います。

ここ2,3年、私はがんばらないとだめな状況の中にいます。
簡単に言うと、仕事内容がガラッと変わったということです。
とりあえず、今は、目先のやりくりをしていく中で
がんばらないといけない状況がつづいているな…
と感じています。

仕事上、遠くの目標もあるけれど
まず、目先を整えないと…という現実があって
それは、あまりいい働き方ではないですね。
そればかりではないですが、そこに手を取られています。

ただ、がんばっているってなんだろう?って考えました。
言葉の問題かも知れないけれど
コツコツやることが、がんばっているではないとすれば、
がんばっていると言うことは、結果は関係なく
表面的に取り繕っているようなイメージが、強くなりました。

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