変えられるものと変えられないもの

母との間にはまだ、しこりがありますが
年々、薄らいできています。

母親に、会ってしまうと
物ごとをスルーする余裕が、なくなるので
対処法として、あまり顔を合わさないようにしています。

ここでは、いろいろなテーマの投稿で
子どもの頃のことを思い出して、書いていますが

その中で、母について思ったことを書いているのも
自分の中のものを出して、消化させているところもあります。
そして、文字にしてみると「大したことないことだな…」と
自分で、感じることが多いです。

それと、時間があいて、再度母親の内容を投稿した時に
少しですが、自分の内面の変化を感じることがあります。
毎日いろんな情報を得たり、選択理論を学んだりしながら
私の中での上質世界が、変わってきているのだと思っています。

自己完結せずに何かしら、周りを巻き込む人は
その人の欲求が、満たされていない…
と言うことも、感じられるところです。

私が、母への思いがだんだんと弱まってきているのは
「変えられるものと、変えられないもの」の区別が
つくようになってきたことが、一番大きいと思っています。
まさに「変えられるのは、自分だけ」です。

その区別が、できるようになってきたことは
多くのことが、シンプルになります。

頭では、わかっていても
納得できず、受け入れられない状態も、しばらくあって
(今も、すべてを受け入れられていないですが)

人のことを変えようとするのではなくて
自分が、どうなりたいのかを中心に考えられるように
なってきたんだと思っています。
まだまだ、発展途上です。

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