無意識でできるようになる、自動運転

無意識でできるようになる、ということが
本当に難しいです。

練習をしていると
いつの間にか無意識で対応できるように
なっていることは、たくさんあります。

思い起こせば、車の運転はまさにそうで
実家は、交通の便のいいところにあったので
両親とも車の免許はもっているにもかかわらず
運転をしていませんでした。

長女の私が20代で、免許を取った時に
実家では、はじめての自家用車がわが家にきて
家族には、教えてもらえる人もいない中
一人でちょこちょこと練習をしたことを
思い出しました。

何もかもが怖い中、運転していると
いつの間にか、無意識で運転できるようになり
片田舎に引っ越してからは
毎日運転しているので
(そして勤務先も遠かったので)
今では、本当に無意識で運転しています。

でも、知らないところに行くと
無意識では運転できないので
すごく、緊張してしまいます。

運転は、車の操作のみですが
この春はじめた、ゴルフでは
身体の動きを、身体が覚えることが
すごく大変です。
意味も分かるし、動画で見て自分とプロの違いもわかるのですが
それを私の身体が、動きとして覚えられない…

たまに「できた!」と思える感覚がありますが
その感覚を、次に再現できないので
まだ、脳の中の回路が出来上がっていない…
と感じる日々です。

でも、その辺りは経験から
いつかできるようになる、と楽観的に感じていて
「できた」という感覚を
いつでも再現できるようになりたい、思っています。

身体の動きが、無意識につながっていくことには
歳とともに、プラスアルファの時間がかかると思いますが
いつかつながる、という確信があるのは
今までの経験からでしょうか。
そこが、私がコツコツ続けられる原動力だと思います。

無意識でできるようになることを
稲盛和夫さんは、自動運転とおっしゃっていました。
また、偉大な人が逝ってしまわれました。
ご冥福をお祈りします。

段階ごとに、だんだんと

毎日、思ったことを書くようになって
自分が、何を考えているのか
自分で、わかるようになってきました。

自分で、考えていることって
自分でわかっているようで、そうでもない。
(と気づきました)

アウトプットして、はじめて
自分の思いに気づくことが、私はあります。

それと、インプットしたことに関して
アウトプットして…を続けることで
頭が、クリアになってきました。

たぶん、今までは
インプットばっかりだったので
知ってはいるけれど
頭の中で、いろいろな事がらが
こんがらがっていたようにも感じます。

考えるスピードが早くなったような気もしますが
まだまだ、文章を書く方が楽です。
それは、こういう内容を口頭で話していないからだと思います。

それと、内容に偏りがあるので
もう少し、違った視点ももてるようにしたいと
思っているところです。
でも、これは私の思いなので偏っててもいいかとも
思っています。

音声入力も含めて
これを、口頭で話すのはまだ次の段階です…
(聴かれるのも嫌だし)
次の段階が、たくさんあります。笑

やる気があれば、さらにいい

私の投稿によく登場する
小さな頃の習い事ですが
コツコツ続けることだけで
そこそこの成果が出ることは
体験しています。

毎日の、嫌な練習も含めてですが
習いごとに、やる気のなかった私でも
そこそこ、できていたことで
継続することで、積み上げられるものの大きさは
実感していました。
ひたすら練習のみ…
ここに、楽しみがあれば
また、違ったんだろうと思います。

自分が子どもの頃には
やらされ感しかなく、楽しくなく
自分でも、嫌だったのですが

親となると、考え方は変わって
それだけのことで、身に着くのだから
子どもに、つけさせたいスキルを習わせていました。

小学校へ行った時に、文字が書ける方が楽
計算が、簡単にできる方が楽だろうと思って
保育園の頃から
遊び感覚で「硬筆」や「そろばん」に通わせました。
自分には、なかったものです。

私のねらいだった、入学当初のまごつきもなく
算数も、親が教えなくても楽に進みました。

私自身が、親に習い事を強要されていて
やめさせてもらえなかった経験から
息子たちが「やめたい」と言うと
習いごとを、終了したので

小さい頃計算が得意だった…
1年生の時に元気のよさで、書道の賞を取った…
くらいで、それ以上のスキルにはならなかったです。
ま、親のねらいは達成です。

これが、自分のやる気とリンクしていけば
すごく伸びるんだろうな、と思っています。

子どもの頃と違って
何に対しても、やる気があります。

2つ目のドアを選択してみる

自分では、それほど頭が固いとは思っていませんでした。

だから、日々、今まで知らなかった世界を知って
毎日、もらう情報に対しても
どこか懐疑的で、すぐには信じられないような
受け入れられないような、感覚がありました。

半年経ち、1年経って
だんだんと、自分の考え方が緩くなってきたことを感じたのは
私の周りの人との意見が
目に見えて違ってきた、辺りからです。

今では、以前より何倍も充実した生活を送れていますが
だからと言って
それまで、すごく不満を感じていたわけでもなかったんです。
「大変だけど、こんなものだろう」と
諦めていて、それ自体への不満は
それほど、もっていませんでした。

でも、サポメなどで教わる内容から
自分の生活が、健康によくないことがわかって
考えられるようになりました。

モンティホール問題で
ドアを変えるかどうか、と言われると
変えないことを、選択する方です。

なぜか「最初選んだものを大事だと思ってしまう気持ち」
よく、わかります。

思えば、新卒で入った会社を辞める時が
気持ちの上で、一番重大だった気がします。
統計とは、違うかも知れないですが、いろいろ経験して
前より良く、前より良く、なってきているので
どんどん変化することに対して、今は理解がある方のはずです。

それでも、変わることへの抵抗って無意識にありますね。

でも、モンティホール問題の意味が理解できたので(一応)
私の中で、いろいろなことを試すことの意義が
落ちました。

そう思うと、今までの50年間
もっと、いろいろな選択をしていても良かったなと
逆に今、後悔が出てくるくらいです。

目先、すぐに変わるとって少ないと思いますが
これからのために、積み上げていきたいです。

統計データへと他者への信頼

今まで、統計を見ても
結局それを代弁してくれる人がいないと
信じられなかったと気づきました。

そもそも、統計を見る機会自体が少なく
小学校の、社会の副読本の統計資料のイメージしかないです。
あとは、高校の統計の授業。
無機質な感じです。

でも、統計データが他者を信頼するということと
繋がっていると考えると
統計データが、身近になった気がします。

統計データに触れることが
少なかったことも理由だと思いますが
人とは繋がれるのに
データに対しては、少し壁がありました。

「統計データは他者を信頼するところから生まれている…」
という発想は、私の中にストンと落ちた感じです。

気づいたのは、統計データに馴染みのない人は
データよりも、ストーリーに左右されてしまう
ということです。
自分が使う時には、その利点を生かしつつ
ストーリーに踊らされないようにしたいと思いました。

そして、統計を活用することにも
まず、慣れるところから少しずつ積み上げて
自分の感覚と合わせながら
日常生活の中で、学びたいと思いました。

平均と分散平均と分散

収入に対して、漠然と多くなればいいな…
なんて思っていましたが
分布なんて、考えたこともなかったです。

べき乗分布で示されている収入のグラフを見てから
平均値や中央値を見ても
なんだかな・・・
って感じですね。ちょっと衝撃です。

果ての国をイメージしなかったら
いつまでも、チマチマとやっている感じだな
と思いました。

かと言って、私はチマチマとやっていないかと言われたら
チマチマとやっているんですけれどね。笑

私は、騙されるのが嫌な気持ちが強いので
一攫千金よりも、インデックスの方がいいと思ってしまうタイプです。
まず、目立つサンプルは警戒しますが
でも、そこに平均と分散の感覚があるかというと
そうでもないです。

今はピンと来ないですが
「平均と分散平均と分散」と呪文のように
つぶやきます。
そうすれば、だんだんと入ってくるような気がします。

わたしの生活の中の統計思考

「統計思考」この言葉からは
私の生活では、関わってなさそうに感じました。

すごーく、幅を広げて身近なところで考えるなら
自分の周りには、独自でリサーチをしますが
それくらいです。

コンビニのゆで卵で言うと
だいたいのコンビニゆで卵を、食べてみましたが
塩味の具合、柔らかさ等、ファミマが一番美味しいと思えて
小腹が空いた時には、ファミマで買います。

でも、この春まで
ファミマで、私はゆで卵を見たことがなくて
2年ほど、ゆで卵を販売していない
と思っていました。

この春、それは売り切れている、と教えてもらい
知人が、私に買ってきてくれました。

それからは、ファミマでかうようになりました。
塩加減が薄くて、私にはちょうどいいです。
セブンのゆで卵は
私にとっては、少し塩辛いです。
私の中の、小さな統計です。

あと、私は本をよく読みます。
今はもっぱらオーディブルなので、聞いているんですが
特に、これが読みたいという作品がない時には
作者だけ選んで、レビューを見ます。

でも、感想を読むわけではなくて
レビューが多いモノ、人がたくさん読んでいるものを
読んでみます。
それ以降は、気に入った作家を続けて読みます。
その時には、雰囲気で選んでいます。

やっぱり、統計思考あまりないな…。