意外と非言語に重きを置いて生活している…

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大人になって 

表面的な言葉に惑わされることが、多くなったと思います。
大人になって、たくさんのモノが見えているけれど
見えなくなるモノが多いです。

私たちの世界では、言語と非言語の齟齬に気づくことが必要ですが
ポジティブな衣に、惑わされることがありますね。
特に、背中を押してほしいときなどはそうです。
まさに、確証バイアスです…。

仕事で、子どもたちに接すると
そもそも、複雑な言語を持っていないので
きれいな言葉には、惑わされないです。
その代わりに
大人の本心を、見抜くような力があると感じています。
表面的にはとり繕っていても
それが表面的なのか、本心なのか
私たち大人よりも、察知する力が強いように思います。

私はどちらかと言うと
日頃から、非言語を主に見てしまいます。
あまり、言葉を信用していないところがあって
自分の中で、違和感があった時には
無意識に、非言語を信用しています。カンですが。

また逆に、上司など対して不本意なことがあると
ちょっとした非言語を、わざと使うことがあります。
(その日、目を合わせないとか…小さな反抗です。本当に小さい)

そして、AI が非言語を理解できるようになると
本当に怖いな、と感じました。
非言語まで理解されると、負けてしまうような気がするし
いい面は、たくさんあると思いますが

その反面、本当に心の奥を見透かされる気がして
ウソがつけなくなるというか、バレるっていうか、怖いですね。
社交辞令的なものも含めて
やっぱり、日常にウソって多いのかも知れないです。

juneberry-miyatomo.hatenablog.com

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