父のこと #11浪人長男の居候生活(下)

そういったことを、長男は電話で私に伝え 

「オカンがそんな風に思われて、悪い」と私に謝った。 

その言葉は、とても嬉しかった。 

 

私の母は、褒めて育てるタイプではなく 

とにかくダメだし、叱咤ばかりで私を育てた。 

 

だから、そう言った言い回しは、想像もつき 

どういうことを言えば、人が傷つくのかというのを 

母は、無意識で感じているのではないかとも思っている。 

 

結局、予備校をやめようとしたが 

前金一括での支払うタイプの予備校だったため 

特に、退学というシステムのもなく 

「また気が向けばきてください」ということで 

12月くらいには、気が向いた長男は少し出席したようだった。 

 

その後は、長男の強固な態度から 

自宅浪人も事実上、受け入れられ 

特に勉強もせず、実家でのんびりと浪人生活を送っていた。 

 

時代が違ったら進路先は無いだろうが、今の時代なんなとあり 

進学することになった。 

 

受験とはまったく関係が無いが 

この1年間に 

祖父と孫(私の父親と長男)との議論、言い合いが 

白熱してきていたらしい。 

 

内容は、浪人に対してではなく 

政治の話や世間の話など、私の小さい頃とそっくり。 

 

長男も私と同じ気質を持っているようで 

意見を押しつけられるのがイヤで、反論するが 

上手く最後までは言えず 

また更に父親は、歳とともに頑固老人になっており 

後で聞いたところによると 

いつも言い合っていたとのことだった。 

 

浪人で居候させてもらっておいて 

予備校も不登校になっていて 

 

もし、私なら浪人をしているだけで 

負い目を感じてしまうくらいなのに 

 

どの口が言っているのか、と私は思うが 

そこが、私と長男との違いであった。 

「それはそれ」 

長男の楽天的なところにはつくづく驚かされる。 

 

祖父母(両親)もそんな姿を見ながら 

私と長男を、やっぱり親子だと感じていたらしい。 

「お母さんと、よう似てるわ」 

と言われていたと、後になって聞いた。 

 

父と私の親子関係は、時代を超えて 

父親と長男との、祖父と孫の関係になっていた。 

 

今の私は、少し他人ごととして 

眺めていられる立場になっていた。 

 

 

(補足 )
ここに書き出しただけでは、好きなようにやらせているように感じられるかも知れないですが、浪人するにあたっての覚え書きを家族で作成し、そこには、翌年の3月時点で居候を終了することや、希望進路でなくても進学か就職をすること、長男が逃げとして考えられるような内容については、特に細かく設定し、了解させました。

その意図としては、タイムリミットがある中で、自分が今何をするのかというところは押さえられるようにという親の思いです。そして、その結果が、どういうものであったとしても、居候の浪人生活は、経験値としてプラスとなるだろうと考えていました。目の前の現実から、いつも逃げてきた長男に対して、自分自身が言い出したことの結末に対して、自分で責任を取ることを、身をもって体験させたかったという思いがありました。

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