言語力と私の中の理想

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誰かとお話をしているときや 

どこかで講演を聴いているときや、本を読んでいるときに
「こういう言い方をするんだ…」と
私が納得できる言い回しに、出会うことがあります。
だいたいが、その内容の本筋とはかけ離れた部分でのことです。

自分が表現したいことを、しっくりくる表現で伝えられるように
いつも言葉は探していますが
探しているときに、とあえずの言葉は見つかりますが
何日もしてからふとした場面で

「あの場面にぴったり」
と思える言葉が見つかることがあって

そういうときには
とりあえず、私は書きとめてはおくのですが
そのこと自体を、自分がすぐに忘れてしまい

訳のわからないメモになったり
どこに書いたのかを忘れてしまったりしています。

ここ最近では
「クリアに」という言葉が、私の中でヒットしました。
「きっちりと」とか「しっかりと」という言葉で伝えていた部分を
「クリアに」という言葉に言い換えた方がわかりやすい場面がある。
使える場面が思い浮かび 
「まさに、クリアに伝えることができる」と感じました。
ひとまずは、引き出しにストックされました。
(あとは、忘れなければいいだけです)

夏頃に、長倉顕太さんの「非言語を言語化せよ」という本を読んだのですが
今週のサポメと同様に、言語化されていないことを言語化するというところに
情報としての資産的価値があるというような内容がありました。

相手にクリアに伝えきれるように、自分の中の非言語を言語化して
そしてそれが自分の資産となっていくって、本当に私の理想です。

 

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