父のこと #9議論を戦わせる

いつも、父に言い負かされてしまう私は

いつか「ギャフン」と言わしてやろうという思いから
今でいう「どう論破するのか」ということを
小学生の頃から考えていた。

父も変わっていたが、私も相当変わっていた。

私は、家の外では大人しい子だったので
自分の意見はまったく言わなかった

と言うより
小学生の頃は、自分に自信がまったくなくて
自分の意見は言えなかった。
間違っていたら怖いし、嫌だから…

なぜ、家ではあんなに自分の意見を言えたのか?
父と議論する、言い合いをする。

言っても大丈夫という環境があって
今考えると、ある意味
祖父母との同居もあり、父と母との関係があまり良くなかった

というところから
逆に、そういった環境を与えてもらえていたことになる。

普段、大人しい私が、家の外で
意見を言わなければならない場というのは
だいたい、よっぽどの場合であって

私にスイッチが入れば
そこで、相手の逃げ道のない、辛辣な意見を言ってしまう。
周りは、そのギャップに唖然とする。

父との議論の内容は
ニュースへの意見の違いや、日常生活での価値観の違いに対するもので
大して大きな内容でもなく
その議論によって、生活の何かが変わるようなこともないものばかり。

それでも小さな私は、いつも真剣に戦っていて
大人のその知識量や言い回しなどで
だいたい、父に言い負かされてしまっていた。

だから、そのたびに悔しくて
泣きながら自分の部屋に戻り、反省会を一人でしていた。


「あの時、こう言えば流れが変わっていたんじゃないか」
「話の順番を間違えたんじゃないか」 


そんなことを考えていた小学生3,4年時代って

ホント、なかなか変わっている。

そんな話は、クラスメイトにもできるはずもなく
父をギャフンと言わせる「魔法のことば」を
ひとりで考えていた。

そんな面白くもない小学生時代を過ごし

 

そして現在。

争いごとは好きではないので
いろいろな場面で相手との意見が異なった場合には
対立することは最後まで避けて
同じ方向を向いていけるように努力するが…

それでも無理な場合や
どうしても戦闘モードで話さなければならない時には

自分の着地点が見えると
自然とスイッチが入り
それに向かって議論を優位にすすめることが
できるようになっている。

勝てる戦いしかしない。

自分でも驚いているが
小さい頃、あれほど大人しかった私が
仕事の場面では

仕事としてしっかりと意見を戦わせることができるって
これは、まさに

あの頃の実践や、反省会の賜だと思っている。

 

いろいろな人とお話をしていると

話をすり替えたり、曲げたり
はぐらかしたりと

いろいろ小手先を使ってくる人もいるが
父には、そういったことはなかった。

 
筋が通っているかどうか、という一点が大きかった。

今、思い起こせば
父と議論しているときには対等で
大人の力を使って、子どもをねじ伏せる
ということはなかった。
(少しはあったかも知れない。だから私は怒っていたのかも…記憶は美化される)

父は躾といって、よく叩いた
「子どもは叩かなわからん」とも言っていた。
何をしたのかは覚えてないけれど、一応悪いことをした時だったと思う。

だけど、議論は議論として

分けて考えてくれていたところが
今となっては、ありがたかったと思う。


議論の途中に叩かれる事なんてなかったし

だから、思う存分議論できた。

今の力にはなってはいる。

しかし
その時には仲の悪い親子だったので
それが本当に良かったとも言い切れない。 

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