父のこと #5農業への憧れ

癌で闘病中の父親とコロナで会えないので 

父への手紙を書いたことをきっかけに 

私の中であふれてきた思い出を記録として書いている。

実家は普通のサラリーマンの一家だった。 

 

小学校3、4年の夏休みには 

淡路島の親戚の家に、1週間ほど遊びに行った。

酒屋さんをしながらの、兼業農家だった。 

アイスクリームの冷凍庫も店にあって 

 

「店からアイスとってきぃ」 

 

とおばちゃんに言われて

店の冷蔵庫からアイスを取るのが、すごく嬉しかった。 

小学生の私にとっては、夢のような環境だった。

そのお家は、朝4時頃から畑に行って収穫をして水をやる 

その日食べる野菜も取ってくる。

イカもたくさんあった。 

おじちゃんは、スイカを叩いた音で判断する。 

「これは明日やな」 

「これがいい」

畑の往来には 

軽トラの荷台に、兄弟3人と父とが乗せてもらって 

それも嬉しかった。

海へ泳ぎに行くのも、軽トラの後ろに乗せてもらって行った。

父は、自宅の近くで貸し農園を3,4うねほど借りていたが

初めての農家での体験に驚き 

 

「自給自足っていいな…」 

 

と何度も言っていて、私よりも嬉しそうだった。

 

「自給自足が一番の贅沢や」 

 

と、しきりに父は口にして

私にも説明していたが

今でこそ、健康のためとか、家庭菜園とか

いろいろ言うけれど 

その頃は日本も景気が良くなりはじめた頃で 

世間では、そういう方面はまだ流行っていなかった頃

 

小学生の私には、土を触ることの泥臭さが贅沢とは 

まったく感じられなかった。

 

2年ほど夏になると淡路島を訪れ

そうこうしているうちに 

父が、近くの山林を購入した。

 

家庭菜園では、物足りなく思ったようで 

山林は値段が安いから買った、とのことだった。

子どもの私からすると「ふーん」て感じだった。

 

ただ、近くとはいえ 

家からは車で3,40分かかり 

しかも家には、車がない。

実家には車はなく 

父は、ペーパードライバーだったので 

原付のスーパーカブを買って 

そこまで、通った。

 

初めの頃は 

父の弟が車で連れってくれて、山林開墾を手伝っていた。 

 

はじめは山林の木を鋸で切っていたが 

途中からチェーンソーも登場していたように思う。

 

その頃、「南の島のフローネ」というテレビアニメが流行っていて 

(南の島に家族が漂流して、そこで自給自足の生活をするというような内容)

私も、ツタが絡まった山林を歩き、木を切り倒して、根っこを掘って 

少しずつ行動範囲が広がっていくのが、楽しいと思った。

 

冬は、固形燃料を持っていって 

お弁当といっしょに 

即席のラーメンを作って食べた。 

とってもおいしかった。

 

はじめは100坪くらいの山林を畑にしたが

その後も買い足して、全部で500坪くらいを畑にした。

 

たくさんの野菜が、食卓に上るようになったが 

それでも小学生の私にとっては 

野菜が美味しいとか、あまり感じることもなかった。

 

ただ、今思い返してみると 

その頃父親は41、2歳の、ただのサラリーマン。 

 

土日の趣味?として

大した知識も無く、車にも乗らないのに 

地味に、自給自足の生活に憧れて山林を買う… 

もしまわりにそんな無謀な人がいたら

その行動力、素直に「すごい」と感じる。

 

地味でまったく派手な人生は送っていないが 

度胸? 

やりたいこと ?

自分の思いを貫きたい気持ちが、大きかったんだと感じる。 

 

人の評価をまったく気にせずに、自分の道を決めていける 

今、父のその度胸と行動力を尊敬している。

現在79歳の父は、70歳頃まで、その畑へ通い野菜を作った。 

 

定年退職までは、土日に通い、 

退職後は週に数回通った。最後までスーパーカブで。

 

余命とされた期間も過ぎつつあるが

先日の電話では今のところ元気だとのことだった。

 

私が出した手紙の話はしないが

いつもより口数多く、そして機嫌良く話す父の声を聴いていると 

あたたかい何かが伝わってきた気がした。 

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