ふっと繋がったこと

たまに、何かがふっと頭をよぎって
消えてしまうことがあります。

今日もちょっとありました。
ちょっと、何か繋がった気がしました。

自分の価値観をもって、お金を使っていくことと
お金を得る方法が、繋がっているように感じました。
最終的には、自分の価値観でみんなお金を支払うのだから
当たり前なのですが。

収入を感がる時に、私がイメージを持てないのは
お金のイメージを先にもっていたからかも…と思いました。
お金、年収、といったモノで考えると
将来の仕事について、すごく考えにくかったですが
人の価値観で考えると
考えられそうに思いました。

今まで、何度もコスパが大切、本物は残るとは聞いていました。
意味は分かっていましたが
そこまででした。

高いものが、その人にとっていいものだとは限らない
とわかることとは
逆に、それは消費者側から見た時にも同じだということ。

だから、私は仕事始める時に、どう考えるのか…
みたいなことがよぎったんだと思います。
具体的にはわからないけれど
今日は、ちょっとだけ、何かが繋がった気がしました。

指数関数的なイメージ

私にとって、こっち系のテーマは
どうも頭が固いようで
イメージが膨らんで頭を巡る、という感じには程遠いです。

大きく考えると、自分の中でも答えの出ていないところです。
小さな目で見ると、収入が少なかった頃から
収入に応じた生活をすれば
お金が貯まっていくことは理解していたので
チビチビと、普通にお金を増やすことは身についています。

最近は、指数関数的な考え方を知りました。
指数関数的な増え方が現実としてあるんだ
ということも、初めて知りました。

日常の生活の中で、指数関数的に増える…
という場面は、なかなかなかったので
まったく、イメージできなかったのですが

大きな人の動きや、お金について
その指数関数的な動きが、当てはまるイメージを
少し、もてるようになってきました。

私はいま、特に、何か事業をやっている訳でもないのですが
もしかしたら、毎日発信していくことから
何かに繋がるかも知れない…と
まだ見えないことを、ちょっと楽しみにしながら
コツコツやっていくモチベーションを
保っています。

お金や収入のことを考えた時に
まだ、すぐにはいろいろ想像できないですが
指数関数のすごさを知ったことだけでも
私にとっては、大きいと感じています。

ものぐさは前頭葉の機能が衰えてる

暑さに弱い私は、
室内と外気温の温度差の大きなこの季節が
とても苦手です。

仕事から帰って疲れている時には
本当に、ダラダラしていて
遅くなってしまうことがあります。
翌日が休みだと、なおさらです。

これは
「前頭葉の機能が衰えてきている」ということだったんですね。
本当に、疲れていると動き出す力がなくて
そのままのことを、ダラダラと続けてしまいます。
お風呂に入っていても、ずっと入っています…

そう言えば、薄々感じていることで
私が、リスクマネジメントしていること。
運転中の眼鏡です。
私は、それほど視力は悪くないのですが
加齢のせいか、だんだんと
見えにくくなってきているように、感じます。

それでも1.0くらいはあるのですが
今までよりも、見えにくくなっているように感じて

運転をよくするので
4年前に運転用の、度付きのサングラスを作りました。
偏光度が高いというようで
普段の日差しも、楽だし
夜の対向車のライトや、雨の日の道路の反射もなくなります。
それに、ちょっと度が入っているので
見やすい。

いつも運転している道では
細かいところが見えなくても、さほど困らないのですが
初めて行く場所や、高速道路を走っている時には
表示がしっかりと見えて、読めないと
えらいことになります。

ちょうど、その頃は
毎日の通勤で、長距離の運転をしていたので
ちゃんとしたサングラスを、作りに行きました。
今でも、快適です。
運転免許的には、眼鏡は必要ではないのですが
運転するときには、必ずかけています。

と言うことは
つい、眼鏡をかけなかった時に
なにか起こりそうですね。気を付けます。

日常から先のリスクを感じて

息子の車に乗せてもらうと
すごく、怖いと感じます。
一番の違いは
住宅街での曲がり角での減速が、甘い。

息子からすると
減速をしている…感覚はあるようですが
私が、実際に車を運転した時に見てみると
住宅街の曲がり角は、20キロ以下で曲がっていて
それを伝えました。
数値で伝えると、分かりやすいようでした。

なぜか、運転に関しては
息子はアドバイスをとても素直に聞き入れます。
反映されているのかどうかは知りませんが。(;´∀`)

でも、私も若いころは無謀な運転をしていたと思います。
それこそ、負けなくないみたいな感じでした。
事故を起こしたことはないですが
家の駐車場で、ぶつけてしまった時に
すごく嫌な思いをしてからか(?)
こんな思いをするなら…ゆっくりと走ろうとか
もう少し、余裕をもって出ようとか
いろいろと、考えるようになりました。

あと、子どもを乗せるようになってからも
さらに、安全になったように記憶しています。
事故にあうのは自分だけじゃない…
経験からくる、リスクマネジメントだと思います。

睡眠時間も入塾してから、意識するようになって
転勤したことで、睡眠時間を1時間多くすることができました。
そうなると、身体も楽だし
いろいろなことが変わってきて、健康的になって
体重が増えてきました。
今までは、睡眠時間が短く、ストレスで食べないという
悪循環で体重が減っていましたが
しっかりと運動をして
体重コントロールを、リスクマネジメントしないとダメだな
と強く感じているところです。

リスクマネジメント?

仕事としては、リスクマネジメントの感覚を持っている方です。
だから、周りからちょっと固いと思われていると感じます。
(でも、仕事ですから)

プライベートでは、いろいろ考えるのがしんどくて(面倒で)
大きなこと以外は、どんぶり勘定なところがあります。

これはリスクマネジメントと言えるのかどうか…
牡蠣について。
私は、牡蠣によく当たります。

はじめが、広島の親戚が送ってきてくれた牡蠣を
家族で食べて、私だけが当たりました。

忘れもしません。
高校2年2学期の、中間テスト2日目です。
8時ごろから吐き下してほとんど勉強できず
翌日を迎えました。
辛かったです…
家族7人食べて、私だけでした。

7,8年前、以前、震災ボランティアに行ったところに
再び訪れました。
石巻あたりです。
そこの民宿での夕食は、牡蠣づくしでした。
10数人で行ったので、みんなで楽しく食べました。
生牡蠣は、なかったです。
フライや焼き牡蠣です。
1時間程経つと、私だけがダメでした。

救急車で市民病院へ搬送され
翌日が最終日だったので
帰りの飛行機に間に合うように、なんとか退院させてもらいました。

人は本当に痛い目にあうと
やっと自分で考えるようになります。

コロナ前の冬、伏見のお酒のおいしいお店で
みんなで集まりました。7,8人だったと思います。
ここで、牡蠣が出ましたが
私がよく当たるので、食べませんでした。
私は、車で来ていたので
もしも、牡蠣に当たったら帰れなくなるな…
と思ってやめました。

金曜日だったのですが
みんな月曜日も、まだ仕事を休んでいたとのことです。
私は同じ職場の人がいなかったのですが
2,3人が一緒に休んでしまう、と言うことがあったようです。
また牡蠣に、マイナスの印象がついてしました。

私も、牡蠣フライなんかは大好きなんですが
人に迷惑がかかると思うと、今は怖くて食べられないです。
100歩譲って、自宅なら食べてもいいかなと思います。

牡蠣に関しては、どれだけ食べたくなっても
絶対に外で食べることはやめておこう、と心に決めています。

歳と共に経験値から学べること

主体的になるって、私にとっては
子どもの頃や若い頃は勇気のいることだったな…と思い返しています。

歳とともにという言葉をあまり使いたくないのですが
投稿では、最近ホントによく使っていて
でも、やっぱり経験値が上がることは
主体的になれたり、逆算思考に役立ったりと
やっぱりプラスに働いているな、と思います。

でも、本当に人それぞれで
夫を引き合いに出すのも、アレなんですが

夫は歳上ですが、3人兄弟の末っ子で
ついて行くことが心地いいようです。

私が主体的なところには、夫はまったく興味がなく
私の感覚からすると「どうなんだろうか?」って感じですが
自分の趣味などの全然違ったところで主体的です。
だから、私がのびのびとやっていて
私にとっては気楽です。

若い頃は「着いて来いタイプ」の人が格好よく思えて
好きだったんですが

見た目と違って、意外と意見して
主体的な若者が2人いると
まだ譲れなくて、勝ち負けで捉えていた時期なのでσ(^_^;)
そりゃ、あまり長続きせず

その辺りから
「もしかしたら私って着いて来いタイプと合わないんじゃないか…」
と思ってましたね。

若い頃って、ドラマの主人公のような人に憧れてましたし
すぐには、受け入れられなかったですけど。

ずいぶん、話がそれましたが

それぞれの主体性が違うことや
自分の主体性を、心置きなく発揮できる環境に気づくのにも
それなりの失敗経験が、必要だったので
やっぱり、歳を重ねることって伊達じゃないなと思っています。

子どもの頃の、消極的な自分から考えると
とにかく、環境が変わったことが大きいと思います。

気になっていて、主体性を発揮してみたいかも

少し前までは、私も頭が固かったと思いますが…

もともとが、チャレンジするタイプだったので
とりあえず試してみることを
さらに、気楽にできるようになったと思います。

職場では、相談してくる人たちに対して
「あかんかったら、また考えようか、まず、やってみよう」
と背中を押すことができて
背中を押される方は、一応相談したということで気持ちが楽になるようです。

主体的な行動ができるように
環境として、人の役に立てることは嬉しいです。

でも、私と同じ立場でも
頭の固さはそれぞれ違うので、私は残念に思うこともあります。

私も、以前は頭が固かったのでそんなモノだろうな…と思いますが

自分が自分の裁量の部分で、臨機応変にできることに対して
周りがビクビクしていたり
ドキドキしながら伺っている様子を見ると
自分が少し成長したことで
少しずつ周りとの感覚が、ズレてきていることを感じることもあります。

以前読んだ本にあったのですが
組織の中で、50代が柔軟な感覚を持たないと
本当に何も進まない、と実感しています。

少し外れますが
転勤で職場を変わっていくと、その職場の課題を感じます。

結局、転勤があずって、誰もずっと、そこにはいないので
芯の通ったものが、組織に出来上がっていないような気がして
残念というか
その任期の間に、何を目指して組織を作ればいいのだろうか…
と、基本的なことを今さらながら、最近考えています。

目の前の仕事はあるのですが

それ以外の、組織の風土のようなもの
すごく大切な部分って、特にマネジメントプランもなくて
いつの間にか、でき上がってしまっていて
だから、それを変えるのも難しい…

最近、深く考えています。

仕事の範疇といえば、範疇だし
範疇でないと言えば、範疇でない。
だから、誰も手をつけない部分なのかと。涙

そんなプラスαのところに、最近、気が向いていて
主体性を、発揮してみたくなっているところです。
ちょっとした、私の癖のようなモノです…

信頼残高をコツコツと貯めていく

昨日も投稿しましたが
私は「筋が通っているから正しい」
「だから、通るはず」という考えだけでは
物ごとが、うまく進んでいかないことを学びました。

もちろん
正しくないと、まず、ダメなんですが
主体的に動いていても「正しい」それだけでも足りなくて
主体的に動くことには、その土台が必要だということでした。

必死に、自分では主体的に動いていても
思っているほどの影響が出ず
空回りをしている感覚を味わったことがあります。

周りから見ると
「あの人頑張っているな…」って
思っていたんじゃないかな、と思います。
やっぱり、必死すぎて、心に余裕がなかったんです。

たぶん120%くらいで頑張っていた頃は
思っているほどの影響が出なかったですが
8割くらいで、肩の力を抜いて向かうと
ちょうどいい感じのように思っています。
(そういっても、きっと9割くらいじゃないかな、と思ったり)

何度か転勤をしていますが
転勤をして、夏ぐらいまでの間は
知らない人も多く、信頼残高がないな…と
と寂しく感じることもあります。
誰でも知らない人を、いきなりは信頼できないですよね。

でも、だいたい夏を過ぎてくると
だんだんと私を理解してくれる人が増えてきて
過ごしやすく、物ごとが動きやすくなってきます。
信頼残高は、日々少しずつたまってくるんだな
と実感します。
だからどんな職場でも、転勤前は本当に寂しいです。